紫式部は一条天皇の皇后彰子に仕えて女房として働いた。『紫式部日記』はこの主人の初めての出産、しかも男の子の誕生というめでたい出来事から始まる。
入内した女性が天皇の愛を受け、天皇候補になる男子を生むことができるかどうかによって、その女性の実家の男たちの運命が決まるという時代。自分がコントロールできないパフォーマンスを求められた女たちにかかるプレッシャーは尋常ではなかったであろう。
彰子の場合は状況がまたさらに複雑だった。嫁いだ当初、一条天皇は20歳ぐらいで、すでに定子という最愛の妻がいた。そして彰子は当時12歳……。しかも、定子の父親は藤原道隆、彰子の父親は、その弟である藤原道長。娘たちはいわば兄弟の権力戦争に使われた犠牲者ともいえる。
紫の鋭すぎる視点
しかし、定子が若くして命を落としたことで、彰子に子どもを生めるチャンスがめぐってくる。この時、相談役としてだけでなく、情報をくまなくキャッチし、彰子をサポートしたのが、紫式部やそのほかの女房たちだった。
『紫式部日記』は、こうした大人の事情を垣間見ることができる歴史的資料としての価値が高い。同時に、作者の洞察力を堪能ができ、女房の本音トークが炸裂する辛辣な筆致も楽しめるのが魅力だ。
たとえば、若宮が無事に生まれたものの、まだ緊張感が漂う母屋の様子の描写――。
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