日本のサラリーマンと紫式部の意外な接点 「紫式部日記」は平安時代のガード下だ

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紫式部は一条天皇の皇后彰子に仕えて女房として働いた。『紫式部日記』はこの主人の初めての出産、しかも男の子の誕生というめでたい出来事から始まる。

入内した女性が天皇の愛を受け、天皇候補になる男子を生むことができるかどうかによって、その女性の実家の男たちの運命が決まるという時代。自分がコントロールできないパフォーマンスを求められた女たちにかかるプレッシャーは尋常ではなかったであろう。

彰子の場合は状況がまたさらに複雑だった。嫁いだ当初、一条天皇は20歳ぐらいで、すでに定子という最愛の妻がいた。そして彰子は当時12歳……。しかも、定子の父親は藤原道隆、彰子の父親は、その弟である藤原道長。娘たちはいわば兄弟の権力戦争に使われた犠牲者ともいえる。

紫の鋭すぎる視点

しかし、定子が若くして命を落としたことで、彰子に子どもを生めるチャンスがめぐってくる。この時、相談役としてだけでなく、情報をくまなくキャッチし、彰子をサポートしたのが、紫式部やそのほかの女房たちだった。

『紫式部日記』は、こうした大人の事情を垣間見ることができる歴史的資料としての価値が高い。同時に、作者の洞察力を堪能ができ、女房の本音トークが炸裂する辛辣な筆致も楽しめるのが魅力だ。

たとえば、若宮が無事に生まれたものの、まだ緊張感が漂う母屋の様子の描写――。

東面なる人びとは、殿上人にまじりたるやうにて、小中将の君の、左の頭中将に見合せて、あきれたりしさまを、後にぞ人ごと言ひ出でて笑ふ。化粧などの たゆみなく、なまめかしき人にて、暁に顏づくりしたりけるを、泣き腫れ、涙にところどころ濡れ そこなはれて、あさましう、その人となむ見えざりし。宰相の君の、顏変はりし たまへるさまなどこそ、いと めづらかに はべりしか。まして、いかなりけむ。されど、その際に見し人のありさまの、かたみに おぼえざりしなむ、かしこかりし。
【イザ流圧倒的意訳】
東側にいた女房たちが殿上人と入り交じり、小中将の君という女房が、左の頭中将という殿方とすれ違ったときに、かなりぼーっとしていた。後でこれが知れて、皆が話題にして笑ったものだ。いつもカンペキにメイクをしているおしゃれな人で、その日も明け方にばっちりお化粧直ししていたけど、まあ大変だったので、涙で濡れたところは化粧が崩れて、正直、彼女だとわからなかったわ! 宰相の君も珍しいことにまるで別人みたい。自分もどうなっていたことやら。私は別にいいと思うの、みんなが動転していて、そんな些細なことなんて誰も気に留めたりはしないんだもの。
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