日本のサラリーマンと紫式部の意外な接点 「紫式部日記」は平安時代のガード下だ

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いとこそ艶に、われのみ世にはもののゆゑ知り、心深き、たぐひはあらじ、すべて世の人は心も肝もなきように思ひて侍るべかめる。見侍りしに、すずろに心やましう、おほやけばらとかよからぬ人のいふやうに、にくくこそ思う給へられしか。(中略)つねに入りたちて見る人もなし、をかしき夕月夜ゆふづきよ、ゆゑある有明ありあけ、花のたより、時鳥ほととぎすのたづねどころにまゐりたれば、院はいと御心みこころのゆゑおはして、所のさまはいと世はなれかんさびたり。またまぎるることもなし。
【イザ流圧倒的意訳】
すべて深く理解し、この上になく洗練された心の持ち主、この世で我こそ唯一無二の存在、ほかの人は中身なんぞございませんとでも思っているようだ。読んでいるうちに、下々が言う「むかつく」でしたかしら、あの言葉のとおり、不愉快な気持ちになったわ。(中略)だって、見張っている人もいない中、素敵な夕月夜、おしゃれな有明、桜が咲くときほととぎすを聞いたりして、そういうときに私も訪れたりするけど、そりゃもう大斎院様は趣味がよろしくって、まるで別世界というのは認めるよ。でもさ、雑用もないし、こっちはいろいろと大変なのよっ!

紫がそんなにムキになった理由は

大先生、ご立腹である。当時彰子は一条天皇の唯一の妻で、しかも当代きっての権力者の娘。そんなすごい人の下に働いている紫であれば、他人の嫌味や噂にそこまで反応しなくてもよかったのでは、と一瞬思ってしまう。しかし、平安はそれだけで安心できるような甘い時代ではなかった。

宮中では、たくさんの女性が教養と知識、美貌とセンスを競い合い、男性と同じぐらい権力争いを繰り広げていた。歌合わせと花見に明け暮れる楽しい生活とは裏腹に会社の看板を背負っているトップ営業マンのようなプレッシャーに毎日耐えていたのである。噂一つでもバカにできない世界だ。にもかかわらず、感情を押し殺して女らしく振る舞うことが求められていた平安の女たち――いとおそろし!

想像上の人物である紫上のように、感情豊かで、何でも完璧に近い人にはもちろん憧れるが、『紫式部日記』で垣間見られる本物の紫は、その弱みと強み、不安とプライド、悩みとストレスを(ちょっとだけ)ありのままさらけだしている。そして、私たちは人間味あふれたその素顔に心を打たれ、共感してしまうのである。

現代を生きていたら、紫だってガード下で一杯ひっかけて、1週間の「おほやけばら」なことを忘れて帰っていたことであろう。

イザベラ・ディオニシオ 翻訳家

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Isabella Dionisio

イタリア出身。大学時代より日本文学に親しみ、2005年に来日。お茶の水女子大学大学院修士課程(比較社会文化学日本語日本文学コース)を修了後、イタリア語・英語翻訳者および翻訳コーディネーターとして活躍中。趣味はごろごろしながら本を読むこと、サルサを踊ること。近著に『悩んでもがいて、作家になった彼女たち』。

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