日本のサラリーマンと紫式部の意外な接点 「紫式部日記」は平安時代のガード下だ

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ここでも、作者が周囲の人物や状況をかなり詳細にとらえていることがわかる。平安時代は、女房たる者「ちゃんとしていないといけない」というのが鉄則だった。理由はどうであれ、見た目が乱れることは絶対に許されない。それを重々承知していた紫は、「他人事ではないわ~」とか、「誰も見ていなかったからいいじゃないか」というような言い訳をしているが、これが逆にこの時代、容姿がどれだけ大事だったかということを表している。

それにしても、お化けのような顔をしている残念な姿を紫に見られてしまった女房2人は、1000年以上経った今でも「化粧崩れおばさん」と記録されているのだから、気の毒でしかない。そして、その瞬間を見逃さず、しっかりと文字に残した大先生……。結構意地悪な人だったのかもしれない。

「消息文」で文体が変わる謎

私はかなりひねくれた性格なので、『紫式部日記』の中で一番好きなのは、作者のちょっぴり意地悪な面がちらっと現れる「消息文」と言われる部分だ。正直にいうと、敦成親王の誕生の後に長々続く盛大なお祝い事の部分はすっ飛ばして、この消息文をゆっくりと味わうというのが、絶対にまねしてはならぬ私流の楽しみ方である。

少し硬かった文体が、ここでいきなり誰かに宛てた手紙のようなスタイルになるため「消息文」と呼ばれるわけだが、そこには「清少納言バッシング」という有名なくだりも含まれている。

文体が変わる理由は諸説ある。平安時代にはそもそもプライバシーという概念がなかったため、何かを紙に書き起こした以上、いつ、誰に読まれてもおかしくない。プライベートな手紙が正式な日記に紛れ込んでしまったとも言われているが、紫自身は読まれることを意識していたに違いない。そこで、「少しよろしいかしら……」という無邪気な顔を見せながら、周りの人についての評価をビシッと言いたい放題。さすがは大先生。さまざまな文体を使いこなし、うまい具合に自らの感情を隠したり、さらけ出したりして、チラ見の美学を極めている。

消息文は出だしから強烈で、私のように噂好きだった当時の読者も大層楽しめたに違いない。

この次に、人のかたちを語り聞えさせば、物いひさがなくや侍るべき。唯今をや、さしあたりたる人の事は煩はし。いかにぞやなど、少しもかたほなるはいひ侍らじ。
【イザ流圧倒的意訳】
いろいろと話したついでに、人の容姿とかについて書いたりしたらおしゃべりだと思われちゃうかしら。毎日顔を合わせている同僚についてとか、まさか言えないわ。厄介だもの。それに「うわ、これないわー」って思うような欠点がある人のことは言わないでおこう。
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