「あの戦争」から遠く離れて 自己同一化か、それとも差異化か、歴史を文学にする二つの方法

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国家と出自を一にして、再審を求める「悲壮さ」

昨夏の話題作だった赤坂真理東京プリズンは、過去を想起するかような技法の最新版ともいうべき長編小説である。著者と同名の主人公マリは16歳だった1981年、アメリカの学校で進級を賭けて「昭和天皇に戦争責任はあるか」というディベートに臨むことを強いられる。

赤坂真理 『東京プリズン』(2012年、河出書房新社)

東京の母親とも連絡を取りながら準備を進めるうち、どうも東京裁判で訴追資料の翻訳をした母には、秘めた過去があるらしいことがわかってくる。2010年代を生きる現在のマリは夢を通じて自らと、そして母親の過去とに介入しながら、日本が背負うトラウマの正体を見極めようとするが──という筋立てである。

幻想的なモチーフをちりばめつつ、現在と過去が行き来する形で展開する作品ながら、全体の構図は「男性的なアメリカと女性的な日本」というシンプルなものだ。

悪玉の白人男子生徒はアイスホッケー部のエースで、鹿狩りのドライブの最中にマリを強姦しようとした上、ディベートでも天皇は本質的に女々しい(=政治的な実権のない)存在だから責任もとりえない、と嘲笑する。

マリは応戦を試みるたびに、天皇が確かに「空虚な中心」であることや、主語を明示しない(=責任を曖昧にする)日本語の文体が、“I”で始まる英語のそれにうまく乗らないことを思い知らされる。戦後日本で長く語られてきた、「日本人論」の系譜を集大成した感がある。

著者の赤坂氏は1964年生まれ。戦争の経験者を親に持ちうる最後の世代という意気込みの下、「米国にレイプされて生まれた子」としての戦後日本の葛藤を、主人公マリの痛々しいまでの内面描写や皮膚感覚に託す形で描き切ろうとする。

しかし、日本国憲法の草案をGHQが書いたことまで「何も教わらずに育った」「頭を正面からぶん殴られた気がした」との設定は、いささかカマトトが過ぎはしまいか。

純真な女性という表象は意外にも、かつて戦時下の自分を「騙されていた」と切り捨てた男たちのように、戦後もまた一方的に「騙されていた」時代として、総括する作用をも伴うのだろうか。

次ページあえて「不真面目」に、徹底的に突き放した「ネタ」として
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