「82歳のライフシフター」が抱える希望と恐怖

3世代の実践者が語る「本音」とは

石水:40代って、技能を磨く余裕もなく、転換もできず、企業にも埋もれられない、ちょうど狭間にあるんですね。私もそれで悩んでいました。でも、悩んでいてもしょうがない。何事も挑戦してみないとわからない。手助けになったのは、クラウドソーシングの仕組みです。

かつては、CGや映像の制作は、資本と人員を持つ大手企業のやることで、個人が勝てるわけがなかった。でも、いまは個人でも、会社や個人に向けて直接スキルを売ることができる時代です。そこで、自分の能力がどのぐらい通用するのか、まずは試してみたんです。

お客様からは、お褒めの言葉もあれば、厳しいお叱りも受けました。同時に、自分が成長していることも感じました。やがて「これなら愛媛という田舎にいてもやれる」と確信するに至り、2015年に独立しました。

私は、自分の好きなこと、得意なことで独立しました。でも、それだけでは食べていけません。大手には勝てませんし、そもそも、いつまでCGというものの需要があるかもわからない。だから、CGをやりつつ、つねにもっと楽しいこと、もっと面白いことはないかと突き詰めて、誰もやっていないアイデアを発見し、それを事業化していきたいと考えています。

変化は重要ですが、まったく畑違いの場所へ変化することは難しい。それなら、いまやっていることを、ちょっと工夫して変えるだけで、違う顧客、違う分野、新たなニーズに対応できるようシフトしていける。これも十分な変化ですし、そういうことを楽しめる人こそが、独立して食べていける人間だろうと思っています。

挑戦はもちろん大切です。私は、そこからもう一歩踏み込んで、「挑戦した結果、自分が成長していると自覚できること」、これを大事にしたいと考えています。成長が感じられれば、たとえおカネとして見返りが少なくても、人生の幸せにつながってゆくでしょう。

1935年生まれの「ライフシフター」

つねに社会とかかわっていたいと考えています

島村泰治氏(以下、島村):私は1935年生まれ、82歳の物書きです。『ライフ・シフト』に登場する1945年生まれのジャックとは10年もの差があります。実はこの10年は大きいんですよ。日本が戦争した時期が入っているからです。本の中でイギリス人のジャックは、出世した、資産が貯まったと描かれていますが、日本人の私にはよくわからない。ですから、この10年の差からお話ししたいと思います。

私が10歳のとき、戦争が終わりました。進駐軍がやってきて、周りは英語だらけになった。私は壮大な矛盾に包まれていました。だってずっと「日本は負けない」「鬼畜米英」と聞かされていたのに、8月15日、ふたを開けてみたら負けていたんですから。

日本を負かしたこのアメリカって、いったいどんな国なんだ? それが私の原点です。言葉がわからないことには話にならないと、英語の勉強にのめり込み、なんとしてもアメリカという国を見に行ってやろうと決意しました。

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