「残業地獄」からそれでも逃れられない人たち 物流業者「われわれは切り捨てられたのか」

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「辞める直前には、休みの翌日はもう荷物は見たくないと、朝起きられなくなった。荷物を素手で触れなくなり、いつも軍手をはめていた。だいぶ精神的に追い込まれていた」。今年1月に退職するまでの6年半、大手宅配会社でドライバーをしていた男性(35)は当時をそう振り返る。

当初アルバイトとして働き始めた男性は、その会社の登用試験に合格し、4年半前に正社員の宅配ドライバーとなった。登用後は週休2日制となり、ボーナスは年間100万円程度支給された。お歳暮シーズンなど繁忙期には、月収も額面で60万円を超えてきた。

だがこの数年、業務量は日を追って増え、朝晩のサービス残業を余儀なくされるようになった。勤務時間は朝8時からだが、「事前に積み込み作業を終えておかないと、とても日々の荷物をさばききれない」(男性)の状態になったためだ。そのため、毎朝7時には出社し、積み込み作業をしていたという。

男性は配達と集荷で毎日300個程度の荷物を扱っていた。時間が惜しくて、昼食はいつも運転中か顧客と電話しながら、おにぎりかパンをほおばっていた。ドライバーとして働き始めてから、昼食時にはしを持った記憶はない。

宅配ドライバーたちを悩ませるのが、住宅地の在宅率の低さだ。1度の訪問で終わるのは、「だいたい10軒のうち2~3軒」(男性)程度。夕方以降は不在者からの再配達要請が殺到する。21時までの再配達、その後の事務作業を終えて帰宅すると、23時を過ぎることもざらにある。休日は疲れ果て、ほとんど寝て過ごすようになり、妻との関係も悪化。結局、離婚に至った。退職後、男性には同業他社から好条件での誘いもあったが、「もう運送業はこりごり」と断った。

ドライバーへの残業時間の上限規制は年間960時間

政府の「働き方改革実行計画」では、ドライバーへの残業時間の上限規制は施行後5年の猶予後も、一般の年間上限720時間ではなく、年間960時間と別扱いされている。ドライバーを組織する運輸労連の世永正伸副執行委員長はこうした扱いを強く批判する。「全国のドライバーから『われわれは国に切り捨てられたのか』と批判が集まっている。ますますこの業界に若い人が集まらず、物流網の維持は難しくなる」。

また「働き方改革実行計画」には、残業時間の上限規制と同時に、すでに国会に提出されている労働時間規制を緩める法案についても「早期成立を図る」と明記されていることには、注意が必要だ。

同法案の目玉は、専門職で高収入の人を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」と、みなし労働時間に基づき残業代込みの賃金を支払う「裁量労働制」の範囲拡張だ。その対象には法人提案営業などが含まれるなど、拡大解釈による濫用のおそれが指摘されている。長時間労働の抑制を標榜する一方で、その対象外となる範囲を広げ、事実上のサービス残業の助長につながるのだとしたら、これほど皮肉な話はない。

風間 直樹 東洋経済コラムニスト

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かざま・なおき / Naoki Kazama

1977年長野県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、法学研究科修了後、2001年東洋経済新報社に入社。電機、金融担当を経て、雇用労働、社会保障問題等を取材。2014年8月から2017年1月まで朝日新聞記者(特別報道部、経済部)。復帰後は『週刊東洋経済』副編集長を経て、2019年10月から調査報道部長、2022年4月から24年7月まで『週刊東洋経済』編集長。著書に『ルポ・収容所列島 ニッポンの精神医療を問う』(2022年)、『雇用融解』(2007年)、『融解連鎖』(2010年)、電子書籍に『ユニクロ 疲弊する職場』(2013年)など。

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