「つらい記憶」をバッサリ断ち切るための心得

過去の出来事はもうそこには実在していない

「与えられたことしかこなしてないね」

部長の開口一番はそれでした。意外な反応に少し背筋が伸びたMさん。部長はこう続けました。

「言われたとおりやるだけではやっていけない! お前はその程度じゃないはずだろ!」

部長は、彼への期待も込めて、あえてしかることを選択しました。Mさんが優秀であることはなんとなくわかっていたので、小さく組織にまとまる人材になってほしくない、という期待を込めた叱責だったのです。腹の底から怒っていたわけではありませんでしたが、Mさんには恐怖に映ってしまいました。

Mさんは帰り道、何度も何度も、部長のあの声、一瞬の怒りの表情、自分の目の前が真っ暗になっていく様の記憶をよみがえらせては、忘れられませんでした。まるで写真で撮ったかのように部長の怒った顔がよみがえります。部長はポーズで怒ったふりをしただけなのにもかかわらず……です。怒鳴り声もある一節だけが、切り取られたかのように心にこびりついたまま何度も再生されました。

人は心を強く揺さぶられる出来事があったとき、その情景までもが潜在意識に記憶されます。感情が揺さぶられるときに潜在意識の扉は開いて、それを写し取り、すぐにふたをしてしまいます。ですから、意図的に忘れよう、忘れようとしても、忘れることはできません。むしろ、職場に行くたびに、その光景がフラッシュバックしたり、部長の声を聞くだけで、その記憶がありありとよみがえったりします。

こうなってしまっては完全に逆効果です。部長のもくろみとは正反対に、Mさんは職場に恐怖し、部長におびえ続けてしまいました。「仕事を頑張ろう」という気持ちはあるのですが、どうしてもあの日の記憶が消えません。それから3カ月後、Mさんは静かに職場を去っていくことになりました。

心にこびりついた嫌な記憶を克服する5つの方法

これはMさんに限ったことではもちろんありません。どんな人でも、ひとつやふたつ、思い出したくもない記憶があるはずです。記憶がよみがえるフックになるものは多岐にわたります。浪人時代、勉強に明け暮れていたとき聴いていた曲。初めて嫌いな食材を口にしたときのあの食感とにおい。春の風の感触に、仲の良かった友人との別れを思い出すこともあるでしょう。

そのなかでも視覚は最も記憶を切り取るのに長けています。かわいがってくれた祖父母の告別式の日のことを視覚で覚え続けている人も多いのではないでしょうか?

多くの健全な記憶は時間とともに薄まるものです。そうであれば問題はありません。誰しもいろいろな経験をしながら成長していくのが人間だからです。ですが、Mさんのように、それが足かせとなって、せっかく希望に満ちてこぎ出した人生を、軌道修正しなくてはならないとしたら、やはりそれは損失だと言っていいでしょう。

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