中川:でも、それも特殊能力っていう話ですよね。
「ロールモデルなんていなかった」
河崎:テレビのコメンテーターとしても、やっぱりコメントが鋭くわかりやすいから、普通の人には、なかなかできないなって思いますけどね。だから、障害以前のそもそもの人間的能力が非常に高いところに、さらに「障害が乗っかっている」から需要が途切れない、というのもきっとあったんだと思います。
そうすると、どんどん場数を踏んで、経験が上積みされる一方だから、他の人がたどり着けない領域に到達してしまったという感もある。1人の圧倒的に勝ち続けるプロと、それ以外の素人みたいになっちゃうわけですね。端(はな)からワン・アンド・オンリー、オリジナルであって、もう乙武洋匡という特殊なポジションで独り強くなっていくみたいな存在であるとは思います。
乙武:だから孤独でした、ずっと。
河崎:逆に言うとそうですよね。
乙武:22歳、大学3年生で『五体不満足』が出て、突如として世間に知られる存在となる。小舟に乗っていたら、急に大海にこぎ出されちゃったみたいな。「おー、どうするんだ、これ?」って。もうね、漂流ですよ、はっきり言って。「どうやって進路を取ったらいいんだろう?」と必死に北極星を探したんですよ。でもね、見つからなかった。誰も見当たらなかったんですよね、先人に当たる人が。
中川:会社内だとね、部長とかいるから。「ああ、あれで42歳ぐらいか」と参考にしますよね。
乙武:ベンチマークとすべき存在が見当たらなかっただけに、どう生きたらいいのか、どう見せていったらいいのか、どう発信していったらいいのか、本当に手探りでここまでやってきた。
中川:障害者の自虐っていう発信法を開発した人もいなかったわけじゃないですか。いっぱいつくりましたね、乙武さんね。
乙武:「手も足も出ない」とかね。またね、手とか足を使った慣用句がやたら多いんですよ。(一同笑)
中川:そうですよね。確かに、確かに。
乙武:だって今も、「本当に手探りでしたよ……って、手がないんですけどね」と言いたい気持ちを抑えるのに必死でしたもん(笑)。
中川:ねえ、それだけで、ドッカンと大受けですよね。すみません、失礼なことを。笑っていいのかどうか。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら