乙武:うーん、そうですね。ただ、社会の中で自分が何をすべきかというのは、一方で、ずっと意識をしてきたことなんです。マイノリティという存在は、ただ数が少ないという理由だけで、なぜ不利益を被らなければならないのか。そういうことを、マジョリティ側の人が言ってくれても、それはそれでありがたいんですけど、やっぱり響きにくいように思うんです。それを、マイノリティ、数が少ない側の人間が言うと、「なるほどね」と思ってくださる数が変わってくる。それが、私が俯瞰して見たときの「乙武洋匡がやるべきこと」だと思っているんです。
ただここ数年、ひずみが生じていた部分があると思うんです。皆さんから見れば、「マイノリティ=弱者」。だから、さっきのメッセージは弱者が主張することに意味があったと思うんです。ところが、いつの間にか私の存在は皆さんから見て「強者」だと映るようになってしまった。だから、「あいつの物言いは鼻につく」と、なかなか素直に受け入れていただきづらくなってしまった。だからこそ、「そろそろ私じゃない人間が出てきてほしいな」と感じているんですよね。
優遇と措置をはき違えないでほしい
中川:最近、ネット上に「障害者様」という言葉があって、頻繁に見られるんですよ。障害者は強者、という意味なんですよね。
乙武:なるほどね。
中川:「ベビーカー様」という言葉もあります。「そこのけそこのけ、ベビーカー様が通る」と使われる。ベビーカーを邪魔だと思う人にとっては、それを押す母親が「おらおら、どきなさい」って、自分を排除しているように感じて、「ベビーカーを押すお前は強者だ」と批判している。この2つの言葉に関してはちょっと問題があるなと、今われわれは思っていて。
河崎:あと「妊婦様」もありますね。
乙武:もう私からしたら、「だったら、なればいいじゃない」のひと言ですね。そんなに弱者を強者だとうらやむなら、「実際にその立場になってやってごらんよ」と。たとえば私を強者だとうらやむのなら、「どうぞ、手足を切り落としてみてください」と。それで本当に「どうだ、これで強者だぞ」とドヤ顔できる自信があるなら、どうぞやってみてください。誰も止めませんよ、と。
それにね、「障害者様」という言葉の裏には、「あいつらばっかり優遇されやがって」という思いがあると思うんですけど。私のそれに対する反論は、「優遇と措置をはき違えないでほしい」ということなんです。
全員が±0のフラットな状態なら、特定の人々、今の文脈で言えば障害者だけがプラスを与えてもらうことは確かに優遇になる。でも、何もしない状態だと、それだけで不利益を被る特定の人々がいる。その人たちだけにプラスを与えることで、±0、フラットな状態にしましょうというのが措置だと思うんです。今、一般的に行われていることは措置であって、優遇ではない。それを「優遇だ、優遇だ」と騒ぐのは、まったく前提が見えていないなと思うんですね。
中川:そこは、政治が介入してやっていくべき部分ですね。
乙武:おっしゃるとおりです。
中川:保険料が年収に応じて高額になっていく話や、累進課税っていうのは、正しい姿だと思っているんです。ネットであれこれ言う人たちは、他人が得するしないで嫉妬するような狭い視野で考えるのではなくて、全体最適という考え方を身に付けていってほしいですね。
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