――日本でもその印象が強いのですね。
ティモシー・ソーパー氏(ヒルトン・ワールドワイドの日本・韓国・ミクロネシア地区の運営責任者):われわれは日本で、地域に根差した従業員のチームを配置しています。グローバルブランドであるかどうかはさておいて、進出地域ごとに、お客様の期待に沿ってサービスを提供すること、革新(イノベーション)を続けること、そして継続的に投資を行っています。
マーチン・リンク氏(ヒルトン・ワールドワイドのアジア・太平洋地区社長):日本では10物件を持ち、部屋数でも外資では最大規模です。このスケールで日本全国をカバーしているのは私たちだけしかいません。このヒルトン東京でもこれから数年間で5000万ドルの設備投資を行います。商品、サービス、レストランなどに継続的に投資をしていることが、ナンバーワンを維持できる理由なのです。
ほかの外資より、日本をわかっている
――なぜ早くから日本に展開したのでしょうか。
リンク:われわれは国際的なホテル運営会社で、パイオニア精神を持って、他社に先駆けていろいろな活動をしてきました。東京を含むアジアの多くの都市でも、最初にホテルを開業してきました。最初は東京ヒルトンが赤坂へ。50年前の1963年6月オープンで、83年までの20年間の契約満了後、キャピトル東急の名称になっています。
その後、われわれは日本興和損保との合弁形式で4つのホテルを開設しました。新宿が84年、大阪が86年、東京ベイ(舞浜)が88年、名古屋が89年です。現在は日本には3ブランドあって、ヒルトンとコンラッド、ダブルツリーで、計10ホテルが各地に展開しています。
ソーパー:日本は戦略的に重要な市場です。経済的に重要なだけでなく、50年間、オペレーションしてきた歴史もあります。件数はあまり多くない印象をお持ちかもしれませんが、過去10年間に7軒ホテルを増やしてきました。
直近ではニセコビレッジ(08年)、次がヒルトン福岡シーホーク(10年)、沖縄のダブルツリーbyヒルトン那覇(12年)。世界最速の開業ペースの国ではありませんが、客室数は2倍になりました。福岡は1000室を超え(1052)、当社グループのアジア・太平洋のホテルで最大です。
――主なお客さんはどういった方でしょうか。
ソーパー:ヒルトン東京に関して言えば、お客の60%が国内から、40%が海外からです。海外は主にアメリカ、ヨーロッパ、そしてアジア内での移動です。ビジネス客とレジャー客の比率は半々です。
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