「共謀罪」創設なら国民が過度に監視される 警察の権力も司法取引や通信傍受で肥大化

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組織犯罪の摘発が低調なのはなぜか。さまざまな要因があるが、共通しているのは、組織犯罪の核心に触れるような情報入手が困難だからだろう。警察が組織犯罪の核心に触れる情報を入手するには、対象の組織内部あるいはその周辺に、協力者(スパイ)を獲得することが肝要だとされてきた。

そのための予算として、捜査費(都道府県警察は「捜査用報償費」)がある。情報提供や捜査協力に支払う謝礼の予算だ。一部では、予算の大半は警察幹部に流用される反面、現場の捜査員たちは自腹で協力者をつくり、さまざまな取引で個人的に情報を得ていた。そのため刑事警察では、情報をカネで買う発想も情報を組織で管理する発想も、育たなかった。

ならば、組織犯罪対策と称する、刑訴法改正の本当の狙いはどこにあるのか。司法取引や刑事免責は、ある意味で警察の組織犯罪情報入手を容易にする法的な仕組みであり、通信傍受対象犯罪の拡大は、通信の秘密を侵すという方法で情報収集活動を容易にする仕組みである。そこには、もともと、あいまいな警察の情報収集活動の法的根拠を整備し、市民のプライバシーの監視を一層強化しようとする狙いがある。

合意しただけでも犯罪が成立?

そして今年1月には、ついに安倍晋三内閣が犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」(「テロ等準備罪」に変更)を創設するため、組織犯罪処罰法改正案を通常国会に提出する方針を固めた。

過去、小泉純一郎内閣が3回にわたり国会に提出し廃案になったのが、この共謀罪だ。それでも、テロや暴力団、特殊詐欺など組織犯罪摘発を目的とする共謀罪なら、2020年の東京五輪・パラリンピックを控え、世論もマスコミも反対しないだろうと考える、政府の巧みな戦略が見られる。

いまだに法案は国会に提出されていないが、過去の議論では、600以上もの犯罪(懲役4年以上)について、団体の活動として犯罪の実行を合意しただけで処罰するものだった。そもそも、現行刑法における「犯罪の結果が発生した場合に処罰する」という原則を逸脱しているとの指摘や、計画を練ったり友人同士で冗談で言っただけも犯罪になるとの批判、テロなどに対する法整備は現行法でも十分、という声がある。この点を踏まえ、政府は対象となる犯罪を大幅に減らし、団体を「組織的犯罪集団」とし、具体的な合意と実行の準備行為を処罰対象とする方針のようだ。

が、前回の「警察の職務質問は一体どこまで正当なのか「監視カメラやNシステム、DNA鑑定も危ない」で述べた、警察の職務質問やデジタル捜査に加え、司法取引や通信傍受、さらに共謀罪が成立すると、国民の監視は過度に強化される。憲法で保障された内心の自由や表現の自由が侵されるおそれは極めて強い。戦前の暗黒の歴史を忘れてはなるまい。

原田 宏二 ジャーナリスト

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はらだ こうじ / Koji Harada

元・北海道警察釧路方面本部長(警視長)。2004年2月、北海道警察の裏金疑惑を告発。以降、警察改革を訴えて活動中。著書に『警察内部告発者』(講談社)、『警察崩壊』(旬報社)、『警察捜査の正体』(講談社現代新書)等がある。

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