海自ヘリ問題、諸悪の根源は「現場の暴走」だ 訓戒処分を受けたが、海幕長の判断は正しい

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第1にSH-60Kが排除され、MCH-101の単独となれば、競争入札が成立しなくなり、建前上の競争原理が働かなることだ。

2007年に発生した守屋防衛事務次官と山田洋行のスキャンダル以降、装備調達の透明性を確保するため、それまで随意契約が主流だったのが原則競争入札に切り替わった。だが競争が成立しない装備、たとえば10式戦車や救難飛行艇US-2のようなものがあるにもかかわらず、形だけの競争入札が行われてきた。つまり今回のヘリ選定でもアリバイづくりのための「形だけの競争入札」を行うことが重要とされたわけだ。だが「形だけの競争入札」であれば、仕様をMCH-101に有利にすればいいだけの話だった。

第2に調達コストの「安さ」である。大型機のMCH-101はSH-60Kベースの機体よりも1.8倍ほど調達コストが高い。オスプレイやグローバルホークなど政治決定された米国製装備の導入もある中で調達予算をやり繰りするため、調達コストの低減を図ろうとしたのではないだろうか。

しかし、運用コストも含めれば、MCH-101のほうがはるかにコストが低く、しかも合理的だ。MCH-101の調達機数は10機(現在8機)、南極観測用に調達された多用途型のCH-101の3機を加えても13機のみ。訓練や維持コストが高くなりがちで、稼働率も低めだ。MCH-101を調達すれば、既存機と合わせて25機を超える。訓練やローテーションの効率が向上し、1機当たりの維持・運用費も大幅に下がることが期待できる。機体の価格が高すぎるのであれば輸入に切り替えればいい。調達コストは3分の2から半分になる。

また、この調達でSH-60系列の機体が選ばれてしまえば、海自の作戦用ヘリはほとんどSH-60系列になってしまう点にも留意が必要だ。SH-60系列で何らかのトラブルがあれば、すべてが地上待機となるリスクを考えれば、あまりひとつの系列に偏らないほうがいい。あらゆる点で、MCH-101を選定したほうが合理的なのである。

にもかかわらず、防衛監察本部は武居海幕長を処分した。

内局による統制を強めるべきではない

防衛監察本部の報告書には以下のような記述がある。「特定の機種(MCH-101)を、選定されることが望ましい機種として検討し、その他の機種(SH-60K)が評価を満たすことが困難と推定される要求性能へ変更した不適切な行為について深度あるチェックを行うことができない態勢であったことから、内局が運用要求書等の作成や提案書の評価などに、より密接に関与できるよう、機種選定におけるチェック態勢を見直す必要がある」。

現実はむしろ、内局官僚が調達を歪めようとしているにもかかわらず、さらに内局による統制を強めろというのだ。

防衛監察本部は検察の出向者で占められており、軍事的な知識が欠けており、手続きが正当か否かだけでしか判断しない。それまでの調達構想や経緯などを理解できないし、まったく考慮しない。彼らが「手柄」を焦ったことも考えられる。しかもそれを内局や大臣、副大臣ら政治も、手続き上の問題だとして安易に追認した。多額の税金が当初とまったく異なる目的で浪費されても、それを是としているのだ。

このような「下克上」を許容するようになれば、調達の現場はますます暴走し、自衛隊の装備調達や運用はチグハグなものになりかねない。結果として自衛隊の弱体化を招き、大いに国益を損なうことになるだろう。

清谷 信一 軍事ジャーナリスト

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きよたに しんいち / Shinichi Kiyotani

1962年生まれ、東海大学工学部卒。ジャーナリスト、作家。2003年から2008年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関Kanwa Information Center上級アドバイザー、日本ペンクラブ会員。東京防衛航空宇宙時評(Tokyo Defence & Aerospace Review)発行人。『防衛破綻ー「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『専守防衛-日本を支配する幻想』(以上、単著)、『軍事を知らずして平和を語るな』(石破茂氏との共著)など、著書多数。

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