トランプを支えるアイン・ランド信者の正体 閣僚候補に生粋のリバタリアンがズラリ

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AAPSの理想とは、医療においても個人の権利を尊重し、患者と医師の独立した判断を促すというものだ。

団体のホームページによれば、本来医療は個々の患者の治療を離れた政治的判断にかくも大きく影響されるべきではない。その考え方の根底にあるのは、健康を維持する費用は誰もが応分の負担をすべきであり、そのリスク管理も個人の責任であるという市場原理主義だ。これは患者の福祉と命の尊厳の名の下にコストやリスク、医療を提供する医師のモチベーションの議論を避けがちな皆保険の考え方とは対極にある。

リバタリアン政策の実現に向けて動き出す

これまでの閣僚人事が議会で承認されれば、トランプ政権の誕生とともに、アメリカは「リバタリアン政策の実現」に向けて大きく動きだす、というのが現時点での筆者の見方である。すなわち、最低賃金や医療保険制度の改変など、さまざまな分野における規制緩和の推進だ。

肩をすくめるアトラス』(脇坂あゆみ訳)は、3冊に分かれた文庫版もある(上の書影をクリックするとアマゾンのサイトのジャンプします)

なお、アメリカのアイン・ランド主義者が最もざわついたのは米国の商業銀行BB&Tの元CEOで保守系シンクタンクのケイトー研究所所長もつとめたジョン・アリソンが財務長官候補としてトランプと会談したときだ。アリソンはランド思想に忠実な「客観主義者」を自称しており、ランド・ポールらと同じく連邦準備理事制度に批判的であることが知られている。彼らリバタリアンにとって、中央銀行がマネーサプライや金利を操作し、恣意的にインフレを招くことはあまりに規模が大きいためにそれと認識されない犯罪行為、実質的には民意を問わない課税である。

アリソンは、2000年代の住宅ローン危機はFRBの長期にわたるマイナス実質金利政策が招いたものであり、準備制度理事会 (FRB)は廃止すべきだが、それが現実的でないとすれば厳しい規律が必要という主張を続けている。一方、トランプが選挙期間中に示唆していたのは、中国や日本の為替介入を手をこまねいてみているわけにはいかないという積極的な通貨操作を不可避とする立場だった。加えて、共和党予備選で論争になった土地の公共目的利用に関する「強制収容(eminent domain)」についてもトランプは肯定的だが、アリソンは批判的だ。そうした思想的な違いが大きすぎたこともあって、やはり登用までにはいたらなかったのだろう。

閣僚ではないが、トランプとシリコンバレーのリーダーたちの会談で2者の橋渡しをしたかのようにトランプとアップルのティム・クックCEOの間に座っていたのはリバタリアンの投資家、ピーター・ティールだ

かつて、西海岸沖でアイン・ランドの小説に登場するアトランティスのような海洋国家の建設計画をすすめて話題になったティールは、誰もがクリントンの勝利を疑わなかった10月中旬にトランプに125万ドルの寄付をおこない、究極の逆張り実践者としてふたたび脚光を浴びることになった。トランプの政権移行チームを離れたあと、ティールがどのような役割を与えられるのかは定かでないが、彼をブレーンとしてベンチャー事業のさらなる拡大を促進する政策が打ち出されるとしたら興味深い。

いまだ異端とされるアイン・ランドと彼女の自由思想を受け継ぐリバタリアンたちは、アメリカ政治の流れを変えられるのか。2017年に本当の戦いが始まる。

脇坂 あゆみ 翻訳家

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わきざか あゆみ / Ayumi Wakizaka

訳書にアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』(アトランティス社)、『われら生きるもの』(ビジネス社)。イタリア映画「Noi Vivi」の字幕翻訳も。ランドの作品を翻訳するかたわら、アメリカのリバタリアン思想や政治文化の動向をウォッチし続けている。ジョージタウン大学外交大学院修士課程修了。米国公認会計士。

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