ちなみに米国のメディアでアイン・ランド好きといえば、強欲資本主義と傲岸不遜な個人主義を信奉する利己的な人物へのネガティブなレッテルとして使われることが多い。要は「異端」である。したがって、メディアが「トランプ政権はアイン・ランドの信者だらけだ」と表現する場合、皮肉をこめた批判である。
それはさておき、一連の人事が今後のトランプ政権の方針面で意味することを改めて考えたい。
まず、企業経営者であるティラーソンの国務長官登用にみえるのは、武力の均衡でなく富の創出とそのための交渉・交易こそが対立を互恵関係に変えうるという楽観的な商人の世界観だ。
トランプは軍備・軍隊の強化を公約とし、今回も軍人を重用しているが、これまで国務長官といえばヘンリー・キッシンジャーからコンドリーザ・ライス、ジョン・ケリーに至るまで、安全保障や外交などを担当する、いわば「力の政治」の専門家だった。
「分配する政治家」より「創出するビジネスマン」が正しい
だが政治経験のない一経営者の国務長官登用は、国際関係においてさえ、価値を分配する政治家ではなく創出するビジネスマンが強く正しいというリバタリアン思想の強いステートメントである。
労働長官に指名されるアンドルー・パズダーはハーディーズなどのハンバーガーショップチェーンの経営者であるのと同時に、政府の市場介入、とくに最低賃金の引き上げに反対する立場で知られる。それは、最低賃金の導入は、その意図に関わらず失業を増やすというミルトン・フリードマンの経済自由主義と同じ立場であり、たとえば1990年代のクリントン政権下で労働長官を務めたロバート・ライシュの最低賃金の保証が貧困問題の解消に貢献するという主張とは逆のスタンスである。最低賃金引き上げ反対は、オバマケア撤廃と並ぶリバタリアンの優先課題である。
オバマケアといえば、厚生長官に指名が予想されるトム・プライス氏は、その撤廃の急先鋒だ。整形外科医としての経験から医療保険制度に明るく、下院予算委員長も務めるこの次期厚生長官は、財政政策的にはリバタリアンの多い茶会運動と関係が深く、ジョージア州では茶会派の幹部を務めている。彼がアイン・ランドの読者であるという情報はないものの、「米国医師・外科医協会(AAPS)」というランド的な理想を基盤にした職業組合に所属していることが問題視されている。
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