──単語などの部品や、文章のつながりの規則とか物語の展開はすべて人間がプログラムして、コンピュータが自動でしたことは、その制約内で部品を組んだことだけ?
はい。コンピュータがやるのはそれがすべてです。たとえば、膨大な計算を「コンピュータがやった」と擬人化して言うけど、実際にやってることは人間が与えた制約に基づいて、数字の操作をしてるだけ。人間が100%プログラムを作ってそのとおりに動いてるだけなわけです。
だから「コンピュータが書いた」とか擬人化するのは本当はよくない。コンピュータが意識や自由意思を持つかのような幻想を人間に抱かせてしまう。入力と出力の間のプログラムは全部人間がつなぐんだから、賢くなってるのは人間であってコンピュータじゃない。違う言い方をすると、人間がやり方をわかっただけなんです。今までどうやったらいいかわかんなかったんだけど、こういうふうに機械的につなげばいいんだと。
面白いかどうかは別
──同じ部品・手順・展開を与えて、破綻のない完全に異なる物語をどれくらい作り出せるものなのですか。
今回の応募作は400字程度の3つの話が連なる作品だったので、100万種類くらいできる。話のつじつまが合うようプログラムするところまではできてますが、小説として面白いかどうかは全然別だけどね。
──コンピュータ自体に、「これではダメだ」と再考するとか、そんな意思めいたものはないんですね。
まったくないし、まずコンピュータは文章が読めないんです。つまり、今回コンピュータが小説を出力するんだけど、その内容をコンピュータは全然わかってない。
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