【石倉洋子氏・講演】感動する力・感動させる力(その5)
東洋経済主催セミナー「Customer Satisfaction Forum 2008」より
講師:石倉洋子
2008年4月21日 大手町サンケイプラザ(東京)
●成功モデルを乗り越える勇気、国や世界を見据えた大きな構想
劇団四季は一般に対する公開オーディションも行っています。公演によっては別の劇団の人が主役や準主役ということもあります。ですから中はもちろん外に対してもオープンな競争が行われていて、次から次へと次世代の主役になるような人が出てくる仕組みになっています。1日に日本国内だけでも10カ所ぐらいで公演していますが、これはオペレーションという観点から考えてもマネジメントが難しいと私は思います。国内10カ所で毎日違う演目が上演されていますし、次に続く公演の稽古も同時に準備しなくてはならないわけですから、よっぽど緻密に規律正しくやらないとできません。公演は稼働率が70%になったらクローズするという、非常に厳格なルールもあります。なぜ70%かというと、このレベルになるとお客様が周りを見回して、あまり入っていないと感じるから。そうなると、そのお客様の経験や感動に影響があるという考えです。これ以下になったら、良い経験ができない、感動も生まれないということです。
●クリエイティブとビジネス感覚の両立
ここまでご紹介したのが、創立から50年ぐらいまでの劇団四季ですが、では最近の四季はどうなっているのか、どんな活動をしているのかをご紹介しましょう。四季は、50周年までこれだけの実績を残してきたのですが、この成功モデルを乗り越える勇気を持っている。国や世界を見据えた大きな構想を持ち、新しいことにチャレンジしている。そして地球レベルの課題を解決しようとしていると思います。こうした点を説明する前に、まず現状をご紹介しましょう。2007年の時点で劇団四季は、国内最大の劇団で、全国で9つの専用劇場があります。劇団員は約1000名いて、四季の会は18万人位です。去年の7月には、横浜市のあざみ野にある稽古場の隣に、新しく大きな稽古場「四季芸術センター」を造っています。このスケールがすごい。行って驚きました。広さ約1万2000平米で、常に技術を磨く施設として素晴らしいものです。
海外への展開も積極的です。2006年に開かれたソウルのシャルロッテ劇場のこけら落としを、『ライオンキング』でやりました。『ライオンキング』は世界各地で公演していますが、ほとんどどこでもヒットするという折り紙付きの作品です。ロングランを目指したオーディションをやり、韓国人の俳優が韓国語でこの作品を上演したのです。私もたまたま昨年ソウルへ行く機会があったので観に行きました。ソウルでは一般的にチケットが高いのですが、かなり低くして、ミュージカルを普及しようと計画しました。日本で数十年前に始め、成功したやり方を韓国でイチからやろうとしている、つまりソウルで、昔の創業時に戻ったような形でやってみたというわけです。
ソウル公演の結果は、1年で終了。公演自体は赤字でした。予想外のこともあって、あまりうまくいかなかったようです。しかし、新しいことをゼロから立ち上げようとするのだから、これはこれで構わない。イノベーションは常に予定外のことが起こるから、ここでくじけるのではなく、またやろうということになっているようです。
ソウルの公演で私がすごいと思ったのは、収支を全部公開したことです。収入や費用を公開し、何で赤字になったのかを明らかにしています。常に次のステップを考えているとも言えます。創業者の一人である浅利さんの目標は、劇団四季のオリジナル作品をブロードウェイとウエスト・エンドでやりたいということです。よく考えると、これはすごい話です。実現できると素晴らしいと思いますし、私個人としてもうれしいです。
劇団四季は、以前から社会的な活動もしています。浅利さんが教育再生会議のメンバーだということもあって、学校や生徒を対象とした社会貢献活動をいくつかやっています。母音法という劇団四季特有のセリフの言い方があるのですが、それを紹介する「美しい日本語の話し方」もその一つです。これは、俳優が3人ぐらいのチームで小学校に行き、小学生のクラスで説明して一緒に試してみるというものです。私も実際に見に行きましたが、とてもうまくできていると思いました。また、2007年から『ユタと不思議な仲間たち』を全国で公演していて、小中学生を無料で招待しています。これは四季のオリジナル作品ですが、なかなかいい作品だと思います。
よく考えるとこれはビジネスという点から考えても非常に賢いやり方。顧客の囲い込みの一つである四季の会も年齢が高くなってきているので、子どものときから劇団四季に触れる機会を作り、将来のお客様や俳優予備軍にしようという活動とも考えられるからです。今の俳優の中には、子どものときに劇団四季の作品を観て、ものすごく印象が強く、感動したから四季に入った人が結構います。
もちろん、劇団四季はすべていいのかというと、問題はあると思います。その一つが、世代交代です。四季はまだ創業者が事業をマネージしています。創業者グループの浅利慶太さんは、私は素晴らしい人だと思います。戦略的だし、クリエイティビティとビジネス感覚を両方持っています。それから財界、音楽家、芸術家、政治家など人とのネットワークがとても広く、この素晴らしいネットワークを非常にうまく活用していると思います。ネットワークがいずれも一流の人であり、そういう一流の人と協働しているのが素晴らしいと思います。問題は浅利さんに続く、次が育っていない。あるいは育てていないことです。これがとても重要な課題だと思います。
(その6に続く、全6回)
石倉洋子(いしくら・ようこ)
一橋大学大学院・国際企業戦略研究科教授。
1985~1992年マッキンゼー社にて企業戦略のコンサルティングに従事。青山学院大学・国際政治経済学部教授を経て現職。
著書に『世界級キャリアのつくり方』(東洋経済新報社)『戦略経営論』(同・訳)など。
一橋大学大学院・国際企業戦略研究科教授。
1985~1992年マッキンゼー社にて企業戦略のコンサルティングに従事。青山学院大学・国際政治経済学部教授を経て現職。
著書に『世界級キャリアのつくり方』(東洋経済新報社)『戦略経営論』(同・訳)など。
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