基礎年金の税方式化 大半の国民は損に 企業が専ら得をする

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これでは、何のための年金抜本改革なのかということになる。

1月7日、日経新聞は「基礎年金、全額税方式で」と題する政策提言を発表。同日の社説では「保険料の未納付増加で制度は破綻する可能性が大きい」「年金制度が崩れる前に超党派で議論を」と提言し、最近の年金改革論議の火付け役になった。ところが、未納・未加入があっても、年金財政が破綻しないとなると、主張自体に誤りがあったことになる。

未納・未加入によって、その年度の給付に必要な保険料が集まらなくても、年金積立金の取り崩しで充当される。一方、未納・未加入者は将来の年金給付を受けられないため、将来の年金財政にとって、未納・未加入者の存在はプラスに働く(つまり、財政的には中立。厳密に言えば、積立金の運用益の分だけ、財政影響はある)。こうしたメカニズムが働くため、未納・未加入問題は年金財政の根幹を揺るがすことにはならない。また、「納付率66・3%」(06年度)は第1号被保険者に限ったもので、未納・未加入者340万人は公的年金加入者7059万人と比べた場合、4・8%にすぎない。

実はこうした事実は、厚生労働省のみならず、年金に精通した学者からも指摘されていたが、「公的年金の財政は破綻寸前」などという無責任な論調がまかり通っていた。そして、テレビ報道などを通じて、公的年金は破綻寸前だと信じ込んでいる国民は少なくない。

もちろん、国民が安心できる老後生活を送るために、未納・未加入者対策は急ぐ必要がある。そのためには、保険料減免の職権適用や、パート・アルバイト社員について、保険料の半分が事業主負担でカバーされる厚生年金への加入の道を広げていく必要がある。また、生活保護制度も利用しやすくする必要がある。基礎年金の税方式化ではなく、むしろそうした地道な努力が必要だ。

年金より医療の議論を

では、なぜ税方式になるとサラリーマンや自営業の低所得者、高齢者など、国民の多くが損をするのか。これは、税方式化に伴い、年間3・7兆円に上る基礎年金部分に関する事業主負担が消滅するためだ。つまり、「企業からサラリーマンにコストシフトが起きる」(社会保障国民会議メンバーの権丈善一・慶應大教授)のである。煎じ詰めれば、税方式化でメリットを受けるのは、保険料を払えない低所得者ではなく、専ら企業なのだ。

国民はこの事実を知ったら、税方式化を支持するだろうか。サラリーマンや高齢者が損をするような改革を、政党が実行できるとは思えない。賃金も上がらない中で、家計をさらに悪化させるような政策に合理性があるとも思えない。

04年度の年金改革では、09年度をメドに、基礎年金に関する国庫負担を2分の1に引き上げることを決めたが、これに必要な追加財源は消費税率換算で1%弱だ。社会保険方式を維持しつつ、保険料の上限を一定水準までに抑えるというのが、04年改革のポイントである。

2分の1への引き上げを超えて、基礎年金の全額税方式化に消費税を投じるのが賢明な選択だとは思えない。むしろ、貴重な消費税は疲弊の著しい医療や介護、際立って財源が手薄な教育や保育、子育て支援などに充てるべきだろう。

具体的には、高齢者医療や国民健康保険、介護保険などへの重点投入が有効である。また、救急や産科、小児科の立て直しや、介護、保育労働者の賃金引き上げなど、新規財源が必要な分野は少なくない。

与野党は不毛な年金改革論議を中止し、医療や介護、保育や教育への財源確保について、早急に協議すべき時だ。
(岡田広行 =週刊東洋経済)

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