家業が代々国際派の商人。そんな家に育つと……
Tくんは、20代後半。IT関係。いつもおしゃれで沈着冷静、どんなお客さまと同席になっても、態度を変えることなく、自分のペースで、その日飲みたいお酒を楽しんで帰ります。
正直に言って、Tくんに会うまで、私の中でのIT関係の方たちのイメージは、ちょっと偏ったものでした。人見知りで、社交下手。得意分野の話題になると、がぜん生き生きとしはじめる、など。そうじゃない方もむろんいますが、バーのマスターの立場からすると、ちょっと気遣いの必要なお客さまが多かったので。
そんな中で、Tくんはちょっと違って見えました。その理由はどこにあるのか、彼の生い立ちなんかにも関係あるのだろうか、そう思って、聞いてみたことがあります。
「実家はオーディオ関係の商売をしていて、僕が生まれてはじめて見たPVは、マイケル・ジャクソンの『スリラー』でした。親父が見せたんです。一緒に踊ろうと思ったらしく」
ちなみに、Tくんの実家は、曾祖父の時代から、当時ハイカラとされていた、さまざまな輸入機器を扱ってきた商家。
「父に海外の滞在経験はありませんが、海外がいろいろな『モノ』を通して、向こうからやってくる家でした。いま60歳近いですが、小学生の頃にバイオリン、中学でトランペットを買ってもらって演奏していたそうです」
「僕も、小学生のときと中学生のときに、クラシックとピアノソナタの全集を渡されて、これは教養だから、ちゃんと聞いて覚えるように、と言われました」
ちなみにTくんの出身は北日本のとある県。首都圏ではありません。
父の口癖は、「自分で考えろ」
Tくんも、小田くん同様、若いのにお酒の飲み方がきれいです。今日はグラスが進むなぁ、と思ったときは、少し頬に赤みがさしますが、言動が乱れたことは一度もありません。
「親父に、面と向かって、具体的にああしろ、こうしろと言われたことは一度もありません。でも、子供の頃から側で親父の商売のやり方を見てきたので、価値観はわかっているつもりです」
「印象に残っているのは、僕が進学で上京した後、親父が出張で来たときのことで……当時、僕は財布が欲しかったので、デパートに一緒に行って、候補の財布をじっくり見て、まぁ、高かったんですよね。そうしたら、『これがなぜこの値段か考えろ』って」
「親父が言いたかったのは、いいものは高い。高いだけの理由がある。それがちゃんとわかる大人になれ、ということでした。そんな説明はしませんでしたが、商人として、それが基本的な心構えだということは伝わってきました」
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