オリンピック出場者の意外な「第二の人生」

セカンドキャリアでも輝くために必要なこと

ルール規制前は58秒台で泳いでいた青山だが、ルール規制後は1分以上かかった。いくら泳いでも自己ベストが出る気配はなかったという。

「シドニー五輪の選考会で落選して、日本大の水泳部に入りました。インカレなどには出場しましたが、思うような結果も出ずに、バタフライを泳ぐのがつらいなと感じるようになったんです。心のどこかで昔の自分と比べてしまって……」

苦しんだ青山は大学3年生で一線を退き、4年生のときにはマネジャーになった。そして、大学卒業後、産経新聞社に入社。報道記者として、約4年半、神奈川県警を担当した。その後、運動部に配属されてからは、水泳を中心に取材を続けている。選手時代の思い出もあり、オリンピックを見るのがつらかったというが、選手を取材するようになって、気持ちに変化が出てきた。

「ロンドン五輪前の4年間は、選手やコーチから話をしっかり聞いたこともあり、ロンドンでは、心から『がんばれ!』と応援しました。男子メドレーリレーではラップタイムをメモするのも忘れるくらい興奮しちゃって。純粋にオリンピックを楽しめるようになれたことが、新聞記者になって良かったことですね。つらくなって水泳をやめた人間なので、もう1回泳ごうという気持ちにはまったくならなかったんです。でも、ロンドン五輪を見て、また泳ぎ出しました。昔のようには泳げないですけど、水泳は楽しいなと思います。この仕事があったからまた水泳が好きになった。それが自分の人生のなかではいちばん大きいかなと思います。水泳を嫌いになったまま終わっていたら悲しいですから」

ロンドンに続き、リオでも青山は水泳を担当しており、現地から熱い記事を配信している。

プライドを引きずってはいけない

日本の花形種目であるシンクロナイズドスイミングで活躍した川嶋奈緒子も、意外なセカンドキャリアを歩む1人だ。現役時代、アテネ五輪(2004年)ではチームで銀メダルを獲得。北京五輪(2008年)にもチームで出場して5位タイに入った。それから約8年、35歳になった川嶋は現在、東京サウンドプロダクションに勤務。テレビ朝日のスポーツ番組制作を担当しており、リオ五輪でも水泳の放送に携わっている。

「アテネで銀メダルを獲得して、『うれしい』よりも、『やっと終わった』という気持ちの方が強かったことをよく覚えています」と川嶋は過去を振り返り、苦笑いした。シンクロ時代はハードな日々を過ごしてきたが、アテネ五輪前のグアム合宿がいちばんつらかったという。炎天下のなか、屋外プールで長時間のトレーニングを続けた。

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