――渡邊さんご自身も里親としての経験があるそうですね。何がきっかけで里親になったのでしょうか。
私の両親は愛知県で長く里親をしていました。しかし、3歳から預かっていた男の子との関係が途中から悪くなってしまったのです。
母は心労が重なって体調を壊しながらも「自分の命を懸けてでもこの子を育て上げる」という意思を持っていましたが、子どものほうは高校に進学する頃には「1分1秒でも早くこの家から出たい」と希望していました。母が良かれと思ってやっていたことは彼にとってはすべてノーサンキューだったのです。母の味方になってくれる人は何人もいましたが、彼の声に耳を傾ける大人は誰もいませんでした。
その彼を一時保護という形で預かったのが最初です。私は30代半ば。当時、妻との間に子どもはいませんでした。預かったのは使命感ではありません。彼のお世話ができる人間は私と妻しかいませんでした。思春期を迎えた子どもに新たな里親をすぐに見つけるのは難しいのです。うちでは、ルールで縛らずに彼が安全に生活できることを最優先にしました。その後、彼は大学に進み、自分らしい生き方ができる準備ができたようです。
母は彼を手放した2年後に亡くなってしまいました。まさに命を懸けていたんですね。誰が悪いわけでもなく、関係者みんながそれぞれ努力していたのに、子どもも里親も不幸になってしまう。こんな悲劇はうちの母だけで十分だと痛感しました。重要な何かが欠けている。それを埋める仕事をしようと思ったのが、キーアセットを設立したきっかけです。
児童養護施設で暮らす子どもは約4万6000人
――里親に関して欠けているものとは何ですか?
ソーシャルワークです。私の理解では、本来は誰もが得るべきものを得られていない人のために、それを得られるようにする働きすべてを指す言葉です。
地域社会のなかには、さまざまな理由から自分が生まれた家庭で暮らすことができない子どもたちがいます。児童養護施設などで働く方々は一生懸命にそういった子どもたちを支えているのですが、本物の「家庭」で帰属感と安心感を持つことを必要とし、そこで育つことを希望する子どもたちもいるのです。
ならば、実現のために大人が動くべきだと思います。私たちはその実践者の1つとして、1ケースでも多くの里親家庭を増やしていきたい。そして、適切な研修や支援をする努力をしています。
しかし、道半ばにも達していません。いま、児童養護施設などで暮らしている子どもたちが日本で約4万6000人います。
私たちが法人を立ち上げた2010年にオギャーと生まれた子どもが今、小学生になっています。彼らのうちで家庭養護が必要な子どものすべてにその必要なものが行き届いているとはとても思えません。
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