「アメリカを第一に」と「常態への復帰」を目標に据えたハーディング政権は、外国に対する関与をできる限り控え、国内問題に専念する孤立主義への扉を開いた。そうした傾向はアメリカが第二次世界大戦に参戦するまで20年近くにわたって続いた。
トランプが使っている「アメリカを第一に」というスローガンはまさに孤立主義を体現す る言葉である。そして、トランプはハーディングと同じように時代の要請を敏感に嗅ぎ取っている。それは外国よりも国内に目を向けるべきではないかという国民の声だ。
大統領は「人民の世話役」
20世紀初頭、セオドア・ローズヴェルト(1901〜1909年)が大統領に着任して以来、大統領が果たすべき役割は大きく変化した。もともと合衆国憲法では、大統領は人民と距離を取るべきだと考えられていた。そして、いかなる利害にも左右されない超然とした態度を保つべきであるとされた。したがって、大統領自ら人民にアピールするのは品位に欠けると見なされていたが、それをセオドア・ローズヴェルトが根底から覆した。
セオドア・ローズヴェルトは、大統領の役割は「人民の世話役」であると断言した。すなわち大統領自が公共の利益になると判断した政策を人民に積極的にアピールするべきだという考え方である。今では当たり前の考え方だが、当時は革新的であった。
「私は君達の声だ」と力強く断言するトランプは「人民の世話役」の資質を持っている。 それは時代の要請に素早く対応してアピールする能力である。不満や閉塞感が広まっている時代、有権者は単純明快な解決方法を提示してくれる候補を支持する。
トランプの大統領候補指名受諾演説を聞いた人々はどう思うか。例えば、製鉄所が閉鎖され街に活気がなくなったことを嘆く者は、「TPP は我が国の製造業を破壊するだけではなく、 アメリカを外国政府の支配に屈服させることになる」という言葉に喝采を送る。
また不法移民によって麻薬や犯罪が蔓延していると危機感を抱く者は、「我々は不法移民を止め、ギャングと暴力を止め、そして、我々の社会に麻薬が流入するのを止めるために国境に長城を築く」という宣言を支持する。7月7日に起きたダラス警官銃撃事件を知って社会に混乱が広まっていると不安を感じる者は、「俺は法と秩序の候補だ」という台詞に期待を寄せるのだ。
すべての課題を一挙に解決できる万能の処方箋など存在しない。しかし、トランプの主張 が正しいか否かは問題ではない。政治は理性だけでは動かない。感情で動く。今、危機に直面している人々からすれば、自分達にも理解できる解決方法を提示してくれるトランプは魅力的に映る。それに政界の完全なアウトサイダーであることも好ましく思える。なぜなら彼らは、様々な既得権益にがんじがらめにされた政治家が自分達を救ってくれるはずがないと思っているからだ。
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