甲子園球児を支えるホテルの「超絶サービス」 なぜ「儲け度外視」で宿泊させるのか?

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超絶サービス2:何回戦で負けて帰省してもキャンセル料は無料

こうした高野連のリクエストを受けることは、宿舎にとって一定期間まとまった数の宿泊客を確保できるというメリットはある。しかし、問題となるのは宿泊している学校がどこまで勝ち続けるか不確定という点だ。

もちろん決勝戦まで勝ち進む可能性もあるわけだから、最終日までの予約を受け入れることになるが、負ければ直ちに帰省するのでいつキャンセルが発生するかわからない。さらに高野連からの申し入れは“キャンセル料なし”ということなので、宿にとっては厳しい条件といえるだろう。

宿泊費相場が高騰しても受け入れ続ける理由

これまでは、宿舎サイドもこうした高野連の申し入れを年1回の国民的行事ということもあって比較的寛容に受け入れてきたが、近年は少し事情が変わってきている。それは大阪周辺における宿泊費の高騰である。

ここ数年の外国人観光客の増加は、日本の観光業界にとっては追い風となっているものの、その一方でホテルの予約はとりにくくなり、シーズンでもないのにホテル代が値上がりするなど、痛し痒しといった面がある。

実際、Hotels.comの調べによると、2015年に大阪を訪れた旅行者がホテルなどで支払った1泊あたりの料金は1万5157円で、前年と比べ24%も上昇している。ましてや甲子園大会が開かれる8月4日から21日は夏休みのど真ん中であり、ホテル業界もかき入れ時である。

今年のセンバツ大会で宿舎に指定されていた某ビジネスホテルなどは、通常1万7000円ほどの1泊朝食付きツインルームの料金が、8月13日には3万円まで跳ね上がっているのだ。

つまり、こうした時期にホテル側が高校球児たちを宿泊させるということは、2万円の収入を犠牲にしているわけであり、相応の機会費用を負担することに相当するのである。このような状況のなか、高野連としては適当な宿舎を見つけるのが年々困難になってきているのである。

一方、かつて高野連の事務局長も務めた経験のある田名部和裕高野連理事は、「宿舎が高校球児を受け入れることにはおカネには替えられないメリットもある」と話す。それは、宿舎の社員の意識向上である。

超絶サービス3:球児を「弟」のように見守る

一般のビジネス客はチェックイン/アウト以外スタッフと会話することはほとんどないが、高校球児たちは滞在中いろいろフロントに話しにくるそうだ。そして、ホテルスタッフはそれを面倒がらず、自分の弟のような気持ちで接しているという。

長いときは半月近くも同じ宿舎に泊まるわけだから、球児たちとスタッフが仲良くなるのは当然だろう。なかには卒業したあとも関西に来ると必ず立ち寄って顔を見せる元球児もいるとのこと。ホテルにとってそうした交流は何ともいえない楽しみだそうである。

こうした話を聞くにつけ、経済環境の変化はあっても、高校球児と彼らを受け入れる宿舎の心温まる関係が長続きしてほしいと思うのは私だけではないはずだ。

中島 隆信 慶應義塾大学商学部教授

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なかじま たかのぶ

1960年生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は応用経済学。著書に、『新版 障害者の経済学』『高校野球の経済学』『お寺の経済学』『大相撲の経済学』(以上、東洋経済新報社)、『経済学ではこう考える』(慶應義塾大学出版会)など。

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