ベントレー、3500万円超の車は何がスゴいか 旗艦の新型「ミュルザンヌ」に乗ってみた
ミュルザンヌにはドライブモードがついている。スロットル、エンジン、8段のオートマチックギアボックス、エアスプリングのプログラムを変えられる、現代の高級車にはおなじみの電子制御デバイスである。ミュルザンヌの場合、コンフォート、B、スポーツ、それにカスタムの4つのモードを、シフトレバーの近くあるダイヤル型のスイッチで切り替える。BはベントレーのBで、メーカーの推奨モードといえる。
英国ならではの魅力
で、ノーマルのミュルザンヌは快適なのから硬めのまで、素人にも違いが明瞭で、しかもそれぞれのセッティングが熟成されている。スピードに特化したスピードの場合、コンフォートでもやや硬め、Bだともうちょっと硬め、スポーツだとさらにもうちょっと硬め、という印象で、つまり味付けが一本調子になっている。いわばノーマルのミュルザンヌがタキシードからポロまで、状況に応じて着こなして人格的奥行きというものを感じさせるのに対して、ミュルザンヌ スピードはなんだかいつもキツネ狩り用の乗馬服で現れる。
それに、6000rpmがリミットという印象のV8は基本的に回りたがらない。2000を超えると男性的なサウンドを発するとはいえ、2000rpm以下で粛々と回っているときにこそ魅力がある。山道でガオーッと吠えさせながら走っていると、さすがにターボラグもある。思うに、ジェントルマンはジェントルマンだからジェントルマンなのだからして、当然いつだってジェントルマンであるべきではあるまいか。
というようなことを踏まえた上で、以下のようにも思う。仮に私がノーマルに乗っていて隣にミュルザンヌ スピードが並んだら、その不良っぽさに思わず嫉妬する。岩清水弘がいくら早乙女愛のために死ねると告っても大賀誠には勝てん。
さらに古いたとえを記せば、私が乗ったスピードのブリティッシュグリーンは「バーナート」と名付けられている。ベントレー・ボーイズを代表する、当時イギリス最高のジェントルマン・レーシング・ドライバーにしてベントレーの社長もつとめた大富豪ウールフ・バーナートからとったものであろう、言うまでもなく。
1930年の某日、カンヌで友人とゴルフに興じていたバーナートはかのブルートレインと自分のベントレー、どちらが先にロンドンに到着できるか、友人と賭けをした。アッパレ、夜を徹したこの公道レースを制したバーナートは賭け金100ポンドを手に入れたのだけれど、非公認レースを行なったかどでフランスの自動車クラブから200ポンドの罰金を課され、嬉々としてこれを支払ったという。このときの彼のクルマがスピード・シックスで、スピードというネーミングの由来でもある。
あるいはまた、ホントは名家出身でオックスフォード大学卒のジェントルマンなんだけど、髪の毛ボサボサの元ロンドン市長ボリス・ジョンソンみたいな、アンチ・ジェントルマン的ジェントルマンもまたイギリスならではであろう。ようするにスピードにはスピードの英国ならではの魅力がある。
それにしても、EUから離脱して大英帝国よ、どこへ行く。ドイツのフォルクスワーゲン傘下のベントレーにも影響があるやもしれない。けれど、ブリティッシュネスの塊であるミュルザンヌにいささかの揺るぎもないだろう、と思うのであった。
(文:今尾 直樹)
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