いとこのために作った家庭教師のビデオだが、それがどんどん口コミで広まっていく。カーンのビデオを見ればわかるが、元気で明るい先生が、いろいろな色のチョークを使って黒板に自在に絵を描きながらわかりやすく説明してくれる。
ところどころに面白い話も盛り込みながら、退屈させないように、けれども真面目に授業が続く。その声からは、本当に教えるのが楽しくて仕方がないという雰囲気が伝わってくるようだ。
3年も経った頃には、毎日何十万人もの人々がカーンの講義を見るようになっていた。それでもカーンは本業のヘッジファンドのアナリストを務めながら、ビデオ作りはほんの趣味のように考えていたという。
カーンがインターネット上の講義作りに本腰を入れようと決心したのは、ある青年からのメールがきっかけだった。このあまり出来のよくない青年はどうにか大学へ入学したものの、数学の成績が悪くて落第しそうな状態だった。ところがカーンのビデオを一夏通して見続けた結果、数学で優等生として賞をもらったのだという。
ビル・ゲイツ、グーグルも支援
「僕の人生をすっかり変えた」というメールを読んで、カーンも自分の人生を変えることになった。
ヘッジファンドでの仕事を辞めて、カーン・アカデミーを創設したのはその後だ。一人でコツコツとビデオ講義を作り続けていたカーンに、寄付金を送る人々の輪が広まっていく。
最初に小切手を送ったのは、アン・ドーア。シリコンバレーで有名なベンチャーキャピタリストであるジョン・ドーアの妻だ。その後ビル・ゲイツ夫妻のゲイツ財団、グーグルなども寄付金を寄せ、カーン・アカデミーはエンジニアや教育関係者を雇って正式のアカデミーとして再出発を果たすのである。ただし、カーン・アカデミーは非営利組織として運営され、講義にアクセスするのも無料である。
さて、現在カーン・アカデミーのサイトには数学、科学、コンピュータ科学、生物学、物理学、金融、歴史などの科目で3600以上ものビデオ講義が上げられている。ビデオのほんどは、カーン自身が制作したものだ。
対象とするのはK-12(幼稚園から高校生)の年齢層だが、大人が見ても十分に勉強になる。それぞれの科目は、興味のあるものを選んで1本ずつ見てもいいが、系統立てて勉強できるようにもなっている。
カーン・アカデミーが世界の教育を変える契機となりそうな理由はいくつかある。
1つは、世界の人々がアクセスできることだ。英語がわかれば言うことはないが、現在、各国でボランティアたちがビデオ授業の翻訳を手掛けていて、アラビア語、ヒンドゥー語、スワヒリ語、トルコ語ほかの多くの言語にも訳されている。たとえ学校へ行く機会が阻まれていたとしても、かなりの教育をここから受けることが可能だ。
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