最後に、私が20代の若者だった頃にトップ・エリートだったある女性バンカーの話をしよう。
私がまだ遥か昔に東京オフィス勤務していた頃、会社の上級幹部にまだ30代前半なのにエグゼクティブディレクターまで出世し、早朝から深夜まで連日仕事漬けの背がものすごく高い女性がいた。
その人はもとはと言えばとても綺麗な人なのだが、金儲けばかりのロボットのようで面白みがなく、ストレスからくるタバコの吸い過ぎで肌は荒れ、金銭的な余裕はあっても、温かい人間的魅力を感じさせるタイプではなかった。
しかしその彼女が数年してマネジングディレクターになった後、いきなり退職して2年くらい海外のNPOを回って児童福祉施設でのボランティアに転身した。輪をかけて驚いたことに、そこで知り合った、料理学校に通う10歳年下の日本人シェフと恋に落ちて結ばれ、今では東京の恵比寿の一角で、小さなスペイン料理のレストランを夫婦で経営しているという。
10年前にはなかった、優しさと幸福感
先日、出張で日本を訪れたとある金曜日の夜、当時の同僚に店の情報を聞き、そのレストランを予約して立ち寄ってみた。暖かいランプに程よく照らされた奥の厨房には確かに、10年の年月は感じさせるが美しい、当時は感じなかった優しさと幸福感に満ちあふれた彼女の姿があった。
かつては冷たいハスキーボイスで、ロンドンに送るべき資料の山と朝の6時までに入力しなければならない巨大なエクセルシートと、とんでもなく読みづらい手書きの修正ポイントだらけのプレゼン資料の山を私の机に無表情で置いて立ち去ったものであるが、10年ぶりに会った今回は、温かいパンプキンスープとフォアグラのソテー、そしてアップルパイを、満面の笑顔で振る舞ってくれた。
当時75キロだった私の体重は今や110キロまで増え、彼女は私が誰だか気づいていなかった。しかし最後に出てきたコーヒーの表面に浮かぶエスプレッソアートのハートマークが、愛する人と好きなことを仕事にしている彼女の今の幸福を表すかのようで、私も嬉しくなった。フルコースを食べ終え1キロ太って111キロに増えた私は、お腹いっぱい胸いっぱいで、恵比寿のレストランを後にしたのであった。
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