今の中国に「リベラリズム」は存在し得るのか 「現代中国のリベラリズム思潮」を読む

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中国の近代史において、ブルジョワ革命はあっという間に共産主義革命によって取って代わられた(写真:空/PIXTA)

ラディカルで画期的な本である。

内に抑圧を強め、外に軍事的圧力を高める習近平政権下の中国に対しては、いきおい強面イメージが優勢となる。そんな今、本書は同じ中国におけるリベラリズムの水脈を探りあてる。一時的に「失語」状態になったとしても、枯れることのない論者の声に耳を澄ますのだ。

たしかに、清国末期の梁啓超、中華民国期の胡適から現代の徐友漁氏や賀衛方氏まで、あるいは五四運動から六四(天安門)事件、08憲章まで、中国には権力に抗し個人の権利を重んじる古典的な自由主義(これを「近代」と言い換えてもよい)の系譜がある。本書は、その潮流を、日中を横断して手をつなぐ知識人の社会的営みのなかに見てとってゆく。

それは、反時代的な試みであるにとどまらず、世界史的な意義を帯びる。

中国は「近代」をやり直すべきだ

中国の近代史において、ブルジョワ革命はあっという間に共産主義革命によって取って代わられた。その結果、市民的自由を根づかせる経験が持続しないまま、一党独裁の下で専制と接続し、権力的に平等を押しつける時代に突入してしまった。

「近代」とは、マックス・ウェーバーにとって普遍的なものであった。カール・マルクスにとっても、革命には順序があり、「前近代(アジア)的」な隷属からの解放を意味するブルジョワ革命と市民的自由が先行したのち、社会的平等に向かう共産革命が想定されていた。欧州をも束縛するその普遍的近代は、中国ではひと跳びに乗り越えられ、抑圧に転じた。

『現代中国のリベラリズム思潮 一九二〇年代から二〇一五年まで』(藤原書店 5500円+税/566ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

含意は明瞭だ。中国において本来的に必要なのは、近代をやり直し、市民的自由を今一度勝ちとり、リベラリズムを根づかせることである。それはリベラルな世界史的使命でもある。

なお、本書の鋭利な目は、日中双方における言説のねじれにも向けられる。

中国では、特に新左派により、リベラルがグローバル化時代の格差拡大を助長するネオリベラルと同等視されがちだ。その勢力は、平等を説く毛沢東主義に立ち返ることを求め、薄熙来氏から習近平氏(周辺)にいたるまで、今も無視できぬ影響力を誇る。

軌を一にして、日本でも、グローバル化と格差への批判の大合唱の中で、柄谷行人氏から丸川哲史氏まで、新左派に共鳴する論者が後を絶たない。彼らは、致命的なことに、その言説が中国共産党の上からの権力的な平等化の支持イデオロギーであることに頓着しないのである。

今の中国を相対化し、複眼的に見つめ直す絶好の機会を与えてくれる、お薦めの一冊。

著者
石井 知章 (いしい・ともあき)
明治大学商学部教授。1960年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。著書に『中国社会主義国家と労働組合──中国型協商体制の形成過程』『中国革命論のパラダイム転換──K・A・ウィットフォーゲルの「アジア的復古」をめぐり』など。

 

遠藤 乾 北海道大学法学部・公共政策大学院教授

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えんどう けん

遠藤 乾(えんどう・けん)1966年東京生まれ、北海道大学法学部・公共政策大学院教授。専門は、国際政治、EU論。オックスフォード大学政治学博士。J・ドロール欧州委員長が作った欧州委員会内諮問機関「未来工房」で専門調査員として勤務したほか、欧州大学院大学でブローデル上級研究員、パリ政治学院・国立政治大学にて客員教授、東京大学・京都大学などで非常勤講師を務め、教鞭をとった。他にも、読売新聞コラムニスト、外交フォーラム書評委員を歴任し、最近ではコミュニティ・ラジオ三角山FMで「遠藤乾のフライデー・スピーカーズ」のパーソナリティも務める。近刊の主著に『統合の終焉―EUの実像と論理』(岩波書店、2013年)、英文著作にThe Presidency of the European Commission under Jacques Delors: The Politics of Shared Leadership (Macmillan/St Martin’s, 1999) がある。主要編著に『ヨーロッパ統合史』『原典ヨーロッパ統合史――史料と解説』(名古屋大学出版会、2008年)、『グローバル・ガバナンスの最前線――現在と過去のあいだ』(東信堂、2008年)、『グローバル・ガバナンスの歴史と思想』(有斐閣、2010年)、共編著に(山口二郎・山崎幹根と)『グローバル化時代の地方ガバナンス』(岩波書店、2005年)、(鈴木一人と)『EUの規制力』(日本経済評論社,2012年)、共著に(A・ネグりらと)『非対称化する世界―〈帝国〉の射程―』(以文社、2005年)、(徐友漁らと)『文化大革命の遺制と闘う―徐友漁と中国のリベラリズム』(社会評論社、2013年)などがある。

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