時代の実況者、古舘伊知郎が走りぬけた12年

政策を批判することは「偏向報道」ではない

「報道ステーション」が始まった2004年は、ブログ、SNS、動画投稿サイトなどの普及と共に、一般の人々が自ら発信するハードルが急激に下がり始めた時期だった。ネットの中のコミュニケーションは次第に影響力を持ち始め、良し悪し両方の側面で現実の出来事の起こり方をも変え始めた。

古舘がキャスターとして走り抜けた12年は、メディア環境の構造変化がかたちとして見え始めた過渡期に重なっていたともいえる。それまでだって視聴者はテレビの前でキャスターに毒づいていただろう。しかし政治家や評論家のみならず、一般の人々が自分の好き嫌いや憶測、断片情報をもとにキャスター批評を公共空間に発信するような事態は、20世紀のキャスターたちは経験していないはずである。それが「言っていいことと悪いことの綱渡り」の難易度を上げていた要因となっていた側面も否定できないだろう。

「言論の偏り」の意味を考える機会に繋がればいい

言葉があふれているようでいながら議論はなく、ひとたび空気が動き出せば一方向に流れていってしまう時代。だからこそこれまで以上に、大勢の中で見落としてしまうような視点を提示し、そこに意味を見つけていく力量が、キャスターには求められる。願わくば、古舘の渾身の問題提起が、報道現場やメディア批評のなかで、「言論の偏り」とは何なのかを改めて考え本質的な議論の機会に繋がればと思う。

日々のニュースシーンから古舘キャスターが退場した後、いったい誰が「水を差す」役割を果たすようになるのだろう。だが一方で、彼が12年間で培った知識と視点と言葉を携え、次にどんなフィールドを選ぶのかは楽しみだ。

社会の空気を作っているのは報道だけではない。時代が暗転していく時、真っ先に人質に取られるのは実は娯楽である。次なるフィールドがどこであっても、自由な視点と洒脱な言葉で存分語り続けてほしい。投げた言葉が議論を呼ぶなら、それを逆手にとって多様な視点を実況してもらいたい。言いたいこと、言うべきことをどこまで言えるか、それはその国の民主主義のバロメーターでもあるのだから。

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