時代の実況者、古舘伊知郎が走りぬけた12年

政策を批判することは「偏向報道」ではない

古舘の反原発姿勢を語る際、よく引き合いに出されるのが、東日本大震災1周年特番の最後に語った「私は日々の報道ステーションの中でもそれを追求していきます。もし圧力がかかって番組を切られても、私はそれはそれで本望です」というコメントだ。この時は「圧力」の有無に関心が集まり、切り取られたフレーズだけが有名になってしまったために、古舘がどんな文脈でこの言葉を吐いたかは忘れ去られてしまったように思う。

彼は都会のまばゆい光を顧みつつ、主な産業がない地域が都会のための原発を誘致せざるをえない現実を根本的に議論していかないと「生活の場を根こそぎ奪われてしまった福島の方々に申し訳が立ちません」と語り、その後に例の言葉を続けたのだ。福島の現場で出会った被災者の心中や原発の事故現場で向き合った風景。そこで感じた、自分自身も無自覚に加担している東京と福島の矛盾。感覚的といってしまえばそれまでだが、あの言葉を古舘に言わせたものは、自分が感受した現場に対する真面目さだったのではなかったか。

さまざまなバランスをとることが求められる報道番組での日々を、古舘は「言っていいこととダメなことの綱渡りの不自由な12年間」と総括した。自分の想いをそのまま語れない「視点」と「言葉」のせめぎ合いの中で、それでも「言うべきことは言う」という姿勢を支えていたものは、観念的なジャーナリズム論ではなく、自分が見て、聞いて、知ってしまった現実を正直に語ろうとする、社会の実況者としての矜持のようなものではないかと思う。

環境変化のなかで「偏り」とは何かを考える

古舘が降板を発表した後の3か月間、腹をくくったコメントが続発したと話題になった。

5年目の3・11の特集は福島県の子どもたちの甲状腺癌。5年間で166人出ている状況が専門家の間でも意見が分かれ、県の検討委員会が原発事故との因果関係は考えにくいとの見解を出していることについて、「因果関係は考えにくいという言葉は都合がいい言葉だなと私は感じています。因果関係がはっきり否定はできないと言っているわけですから、因果関係があるんじゃないかという前提でじっくり調べていくプロセスが必要だと思うんですね」。

偏向報道に対して停波も有り得るとの高市総務大臣の発言に対するジャーナリストたちの抗議のニュースを受けて、「現在の政権の考え方に沿う放送をやることがイコール放送法でいう放送の公平公正かというと、私は違うという風に考えております」。

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