社内失業から立ち直った日立研究者の本音 変化はあらゆる人に等しく降りかかる

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今やビッグデータとAI分野の権威となった矢野氏だが、もともとは半導体の研究者だった。1993年にコンピューターの小型化と省電力化を可能にする単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功するなど、数多くの功績を残している。しかし日立が半導体事業から撤退することを受けて、2003年には事実上の社内失業を経験した。ゼロからの再スタートから、どのように復活を遂げたのか。矢野氏は、自身の研究者人生をこう振り返る(以下は談話)。

変化は、あらゆる人に等しく降りかかる

2003年当時、日立の中央研究所には半導体技術者が200人はいました。一部は事業移管先のルネサスエレクトロニクスへ移りましたが、私に選択の自由はありませんでした。

矢野和男(やの かずお)/ 1984年早稲田大学物理修士卒、日立製作所入社。論文被引用件数は2500件、特許出願350件。矢野氏が開発したリストバンド型ウエアラブル端末では1秒間に20回、手の動きを記録。名札型ウエアラブル端末では首からぶら下げて面会相手を記録し、体の動きや歩行を検出する(撮影:今井 康一)

私は半導体の経験から小さな端末を作ることが得意でしたので、コンピューターをあらゆるところに付けてデータを収集しようと考えました。2004年から毎日行動を記録しながらデータとの相関性を見るうちに、「幸せを測ったり高めたりすることが必要」という発想が出てきました。2006年にはデータと人間の意味づけやストーリーが、立体的に見えるようになっていました。

ここからが長かった。大きな成果が見えず、2007年頃からプレッシャーを受け続けました。ビジネスに多少なりそうなものが出始めたのが2012年になってから。本当に時間がかかりました。それでも世の中より早く色々な失敗を経験できたから、今、世界最先端のAIを開発できています。

私はトランジスタ1つの動きがAIの動作にどう関係し、顧客の利益につながるまでを自分の言葉で説明できます。全部やってきたから半端じゃなく知っています。イノベーションとは、失敗を早い段階で最小限のレベルで終わらせ、その先に広がる正しい世界を探していくこと。今だから言えることですが、経営上、半導体からの撤退は正しい判断でした。

2014年に『データの見えざる手』を出版すると、私の営業力はケタ違いに上がった。今は年500回以上、講演やプレゼンテーションを行い、一緒に仕事をする機会やネットワークが広がっています。研究は現場で起きているから楽しく、(取材を受けた)今日も徹夜でレポートを書く予定です。年を取ってきたこともあり、色々な人が仕事をくれることが本当にありがたい。

変化は、あらゆる人に等しく降りかかってきます。私は入社3カ月後に今の中央研究所の部屋に入りました。そこから30年以上、3年間だけ部長室に移ったときと、米国へ1年間の共同開発に行った時期を除くと同じ部屋を使っていますが、仕事内容は大きく変わりました。一方で、半導体メモリの仕事を続けている知り合いがいます。彼は日本から米国、韓国、台湾と働く場所を移ってきた。仕事は変わらないが、場所や会社、所属は大いに変わった。だから世の中の変化を、どこかで受け止めなければなりません。

私の経験からいうと、技術者は大いに変わっていいと思います。技術の寿命と人間の職業寿命は、完全にミスマッチ。製品寿命が短くなっていますので、最初から変わることを前提にするくらいがちょうど良い。少し頭を柔らかくすれば、色々な組み合わせが出てくるはずです。だからこそ、私のような人間に存在意義があるのかもしれません(談)。

前田 佳子 東洋経済 記者

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まえだ よしこ / Yoshiko Maeda

会社四季報センター記者

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