波紋を呼ぶ「少数派」しか世界を変えられない 出口氏と同性婚カップルが語る「真実」
出口:僕は、還暦のときにゼロから生命保険会社を立ち上げて開業しました。よく「既存の生命保険会社から足を引っ張られませんでしたか?」と質問されるのですが、僕は「池に石を投げ入れたら、波紋が立つのは当たり前」だと思っています。よく「こんなことをやりたい、あるいはこんなことを言いたいけれど、波紋は嫌だ。どのように石を投げたらいいですか?」と聞かれるのですが、僕は、「それはできません」とはっきり言います。投げたい気持ちが強かったら投げればいいし、波紋が立つことが嫌だったら投げなければいい。「いいとこ取りは世の中にはあり得ないのです」といつも言っています。
増原:表に出るということは、波紋と付き合いながら、自分の投げた石の先を見て行くことだと思っています。いろいろなところで発言していると、LGBTの人たちから非難されることも結構あります。むしろ、そちらのほうが大変な場合もあります。でもそんなときには、「なぜ自分たちはこんなことをやっているんだろう?」「もともと何がやりたかったんだっけ」と立ち返るようにしています。
東:私は、自分自身のためにカミングアウトをしているし、「私はこういうことを伝えたい!」っていう思いがあるので、やっぱり「石を投げたい人」なのだと思います。というよりは、投げずにはいられないのかもしれません(笑)。
それぞれのロールモデル
出口:お二人にはロールモデルがいらっしゃるのですか?
増原:私の場合は、ハーヴェイ・ミルクという、ゲイを公表してアメリカで初めて政治家になった方です。1970年代、彼は3回目の選挙で市議会議員になりますが、その直後に同性愛反対派の市議に暗殺されてしまいます。彼のことを映画で知ったときに、胸が熱くなって「何か動かなきゃいけない」とすごくむずむずしました。今は政治家にもたくさんのLBGTがいますが、70年代の頃はまったく理解されなかったはずで、当時のメッセージとしては強烈だったと思います。でも、彼が後世に与えた影響は本当に大きくて、その後「社会を変えていくには、個人個人のカミングアウトが大事」という流れになりました。
出口:ニューヨークの市議会議長もそうですよね。
増原:オープンリー・レズビアンのクリスティン・クインさんですね。今では本当に政治家にもたくさんいますが、ハーヴェイ・ミルクは70年代で初めてだったということもあり、結局、殉職というか、亡くなってしまったんですけれども、当時のメッセージとしてはかなり早かったと思います。
東:私は、先輩のレズビアンカップルに大きな影響を受けました。彼女たちは、その前に異性婚をして子どもを産んでいます。それでシングルマザーとなり、ステップファミリーとして、連れ子のお子さんを育てているのですが、実は結婚式も挙げていて。そのアルバムを見せてもらったときに、「あ、女性同士でも結婚式を挙げられるんだ!」と衝撃を受けました。