トヨタが雇った再建屋は日立出身のセールスマン 名古屋グランパスGM・久米一正【上】

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しかし、母親の一言が人生を変えることになる。

「一正、あなたは地元を出なさい。大学に行けば、全国から来た人たちと知り合うことができて、世界が広がります。将来のために、人脈を広げてきなさい」

母親に背中を押された久米は、中央大学に進学。4年時にはサッカー部のキャプテンを任され、約100人の部員たちの恋愛相談から就職斡旋まで面倒を見た。あたかもサッカー部のGMのような存在だった。

久米は当時をこう振り返る。

「試合に出られない4年生の不満をいかに解消するかを必死に考えました。どうやったら人のモチベーションは上がるのか、人心掌握術を学ばせてもらった時期でした」

キャプテンとしての活動が評価された久米は、晴れて日立製作所に入社した。コンピュータ事業本部に配属された久米は、午前中は営業の資料整理を手伝い、午後はサッカーの練習に没頭。当時の日本サッカー界では非常に恵まれた立場だった。

とはいえ、いつまでも会社に甘えるわけにはいかない。久米は30歳のときに現役を退き、社業に専念することを決心する。

「上司から、このままだと出世はないと冗談交じりに言われて(笑)。社員選手は残業代がないので、家計も楽ではない。サッカーから距離を置き、右も左もわからない営業の世界に飛び込むことにしました」

日立で鍛えられた書類の作成能力

久米に与えられた仕事は、政府系金融機関へのコンピュータの売り込み。日立は同分野で圧倒的な強さを誇っており、日立流のビジネス術をたっぷり吸収することができた。

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