(第9回)視覚の再生をめざして

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渡辺すみ子

●視覚障害の現状

 高齢化社会を迎え、視覚の機能維持は個人差なく極めて重要視されるものだ。日本における全国レベルでの失明統計である1990年の厚生省の資料によると、推定30万人以上がこの時点での日本の視覚障害者の総数であると予想されている。世界では1997年の統計によると1億5千万人が視覚障害のために何らかのサポートが必要であり、4千万人がひとりで生活することが不能であるという。失明原因の統計では有効な治療法がない網膜疾患が、全体の20−40%を占めている。いずれの疾患も加齢とともに進行することから、高齢者が増加、また寿命が延びることにより網膜疾患による視覚の障害は深刻な問題になり、現在ではさらに多数の視覚障害者の存在が予測されている。

●目の再生の標的

 目は、最も表面の角膜、水晶体、その後ろの網膜が主たる構成要素であるが、それぞれの要素について多くの臨床家、研究者が再生を目指して研究をすすめている。事故や病気により損傷された角膜に対する角膜移植は約70年前から行われており歴史が長い。しかし、死体からの角膜の供給は充分ではなく、人工角膜、あるいは角膜の周辺部に存在しているとされる幹細胞を単離して増殖させることによる角膜の再生研究が盛んに行われている。
幹細胞:様々な形態や機能を持つ細胞に分化することができ、同時に、自分とまったく同じ性質の細胞に分裂することができる、未分化な細胞のことをいう
 また、拒絶を回避するために、口腔粘膜の間葉系細胞で角膜同様の構造をもつ膜を体外でつくり、自己移植を目指す研究も行われている。
間葉細胞:間葉細胞というのは骨、軟骨、脂肪組織の細胞などの総称であるが、これらの細胞に分化することができる幹細胞を間葉系細胞という。様々な組織からとられ、その分化能、増殖能も報告によって異っている。成体から簡単に採取可能である場合が多く、再生医療の細胞ソースとして注目を集めている。
 最近ではiPS細胞の角膜再生への応用も複数のグループにより積極的に進められている。
iPS細胞:ヒトの体細胞に複数の遺伝子を導入することにより、分化する能力を獲得した細胞。人工多能性幹細胞。
 一方、網膜の移植は実現していない。その理由は、角膜や水晶体の構造、機能が比較的単純であるのに対し、網膜の構造が複雑であることが第一の要因であろう。網膜はほとんどが神経細胞からなるが、脳と同様に神経細胞どうしが正しく結びつき、回路を形成しなくてはならない。さらには、その情報を脳に正しく伝達しなくてはいけない。この構造や伝達経路をどのように再生することができるか、という課題がある。

 さらに、前回述べた血液のように代謝(古い細胞が新しい細胞におきかえられること)が盛んではないので、そもそも幹細胞がいるのかどうかさえはっきりとはしていない。しかし、脳も同様に細胞の代謝がなく再生はしない、と長らく考えられていたが、現在は幹細胞が存在することが明らかになっている。したがって、網膜にも幹細胞が存在し、再生に用いることができないだろうか、と考えられるようになった。

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