(第9回)視覚の再生をめざして

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図9-2:グリーンマウスをつかった網膜の培養の写真
このマウスから網膜をとりだし、普通のマウスの網膜と混合して培養すると写真のようにグリーンマウスからとりだした細胞のみが紫外線で緑に輝くのでその性質を検討することができる。
例えば、培養のはじめは緑細胞はこの視野にひとつしかいないが、培養によりこの写真ではそれぞれのコロニーが10個以上の細胞で形成されている。すなわちこの細胞は増殖することのできる能力をもっている。
(サンプルの調整、写真の撮影は研究員の高祖君です。)

A:蛍光顕微鏡で培養を上から見たところ。
実際は一面に細胞がいるが、緑色の細胞のみが輝いて見える。コロニーが5つ撮影されているが、いずれも培養のはじめはただひとつの細胞で、数日にしてここまで増殖して数が増えた。

B:同じサンプルをもう少し拡大した図。
赤で神経細胞に特異的に発現する蛋白質を染色している。赤と緑が重なると黄色にみえ、この緑の細胞が神経細胞の性質をもっていることがわかる。

C:同じサンプルについて細胞核を青色で染色した写真。
細胞核はグリーンマウス由来であるか、通常のマウス由来であるかに関係なく染色されるので一面に青い核がみえ、緑の細胞以外にも一面に細胞が存在していることがわかる。このように蛍光蛋白質をもちいることで、目的の細胞のみを観察することが可能になる。
 写真はごく少数のグリーンマウス由来の網膜の細胞を千倍以上の細胞数の普通のマウスの網膜細胞と混ぜあわせて培養したものである。培養中に細胞が分裂して増殖すると緑の細胞の塊、すなわち骨髄細胞で観察したコロニー様のものが観察され、この数をかぞえることで緑細胞がどの程度の増殖能力を持つのかが解析可能になる。また、この細胞が特定の細胞に分化したときのみ出現する蛋白質を染色することで、この細胞が何に分化したのかわかるようになる。

 このようなやり方で細胞の性質を調べ、より幹細胞に近い性質をもった細胞を探していくのであるが、私達は前回血液幹細胞のところで述べたFACSを用いている。
FACS:蛍光標識した細胞を解析したり、分離したりする装置
 血液以外の細胞は、ばらばらでは互いに接着して3次元的な構造をつくっている。その接着剤となるのはたんぱく質であるが、まずはじめに、たんぱく質を分解する酵素を網膜にふりかけて細胞をばらばらにする。
 ここに血液で使われていた細胞の表面に存在する蛋白質に対する抗体を100種類以上反応させ、網膜の一部の細胞のみに反応する抗体を多数見いだす。
 そこで次にセルソーターを用いてこの抗体と反応する細胞、反応しない細胞に分けてやり、それぞれの性質を試験管内で検討する。性質とはどのような網膜の細胞に分化するか、どれくらい強く増殖しているかである。
するとすべての網膜細胞に分化する能力をもち、かつ強く増殖している細胞のみに反応する抗体が見いだされてきた。この抗体が認識するたんぱく質は未分化な網膜の表面にあるいわば「標識」となるたんぱく質である。

 この蛋白質を利用して、蛋白質のもっている細胞を集めて移植すれば、血液幹細胞を移植して血液を再生するように、網膜の再生も夢ではないと考えている。このような血液学的な手法は我々のアプローチのみならず、他の様々な臓器の幹細胞探しに使われており、また次回に述べるがん幹細胞探索の研究にも利用されている。

 臓器幹細胞はまちがいなく存在する。この細胞がどのような特徴をもつのか、その実体を明らかにし、この細胞を無傷で純化するところまで研究は進展した。次の課題はこの細胞を性質を変えずに体外で増やす(増幅する)ことができるかどうか、という点であり、血液も含めたすべての幹細胞に共通した課題である。

●工(光)学的手法による網膜の再生

 画像システム工学の日進月歩の開発は、我々専門外の者でも顕微鏡カメラを扱え、その画像処理も可能とさせた。もっと身近では、デジタルカメラなどでも驚くべき進展ぶりを日常的に感じている。この技術を使って視覚を再生しようという研究も盛んに行われている。私達の取り組む生物材料を用いた研究と、工学手法をもちいた取り組みが融合して、視覚再生を技術と細胞の特性をいかして実現するのが私の夢である。
渡辺すみ子(わたなべ・すみこ)
慶応義塾大学出身。
東京大学医学系研究科で修士、続いて東大医科学研究所新井賢一教授の下で学位取得(1995年)後、新井研究室、米国Palo AltoのDNAX研究所を拠点に血液細胞の増殖分化のシグナル伝達研究に従事。
2000年より神戸再生発生センターとの共同研究プロジェクトを医科学研究所内に立ち上げ網膜発生再生研究をスタート。2001年より新井賢一研究室助教授、2005年より現在の再生基礎医科学寄付研究部門を開始、教授。
本寄付研究部門は医療・研究関連機器メーカーであるトミー、オリエンタル技研に加え、ソフトバンクインベストメント(現SBIホールディングス)が出資。
東大医科研新井賢一前所長(東大名誉教授)、各国研究者と共にアジア・オセアニア地区の分子生物学ネットワークの活動をEMBO(欧州分子生物学機構)の支援をうけて推進。特にアジア地域でのシンポジウムの開催を担当。本年度はカトマンズ(ネパール)で開催の予定。
渡辺すみ子研究室のサイトはこちら
渡辺 すみ子

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