(第8回)幹細胞、再生医療の最先端をいく血液学(後編)

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渡辺すみ子

 「幹細胞が幹細胞である」二つの条件、多分化能、自己複製能は、いずれも観察している細胞がどのように分裂あるいは分化していくのかその運命を追跡してはじめてあきらかになる性質であるが、3次元的な構造のある組織では、一個の細胞の運命を追跡するのは容易なことではない。
幹細胞:様々な形態や機能を持つ細胞に分化することができ、同時に、自分とまったく同じ性質の細胞に分裂することができる、未分化な細胞のことをいう
分化:発生段階などでまだ特殊な機能(分泌、電気シグナルの伝達など)をもたない細胞が、より成熟した機能的な細胞に変化すること
 しかし、血液細胞であれば初めからばらばらであるので、寒天のような半固形の培地にばらばらのまま埋めておくと個々の細胞が増え、形をかえていく様子を観察することができる。このことが直接的に示されたのは、コロニー解析という半固形培地中で血液細胞を培養する解析方法が、Tillらの移植実験と同時期にオーストラリアのMetcalf、Sachsらにより開発されたことによるであろう。これは非常に重要な技術の革新であった。

 例えば100個といった少数の骨髄の細胞を直径6 cmの培養皿に分散させると、細胞の濃度が薄いため互いに接触せずに培養をスタートさせられる。それぞれの細胞が分裂して、さまざまなコロニー(増殖した細胞の塊)ができる。このコロニーひとつひとつの組成を調べてみると、あるコロニーは単一の白血球のみででき、また別のコロニーは多様な白血球ででき、さらに別のコロニーは色も赤く赤血球でできているものなどが現れた。なかにはMixedコロニーといわれる白血球も赤血球もすべての血液細胞を含むコロニーが出現した。いずれのコロニーももともとは一個の細胞からはじまったので、そのことはもとをただせばこのコロニーを形成するに至ったはじめの一個の細胞は、Mixedコロニーの場合すべての血液細胞になる能力があること、すなわち多分化能があることが予想された。これをレトロスペクティブ(後ろ向き)な解析と呼ぶ。レトロすなわち最終的な実験結果(この場合個々のコロニーの組成)から、はじめにあった細胞がどのような性質をもっていたか、と過去を振り返って想像する解析ということである。

 しかし骨髄からとりだした未分化な血液細胞は、形や大きさでの細かい区分は難しく、異る性質の細胞の混在にもかかわらず初めは見分けがつかない。つまり後ろ向きの解析では、はじめにどのような性質の細胞がいたかは予想できてもその実体は明らかにすることができない。そこで幹細胞がどのような細胞であるのかを明らかにするためには、将来をみすえる、すなわちプロスペクティブ(前向き)な解析手法が登場するのを待たなくてはならなかった。はじめどのような細胞がいるのかをわかった上でその細胞の分化や増殖の運命をたどるのである。
 しかし生きている細胞は透明でそっくりの顔つきをしており、区別することは不可能であった。細胞の性質の違いを何とかして、しかも細胞が生きたままで標識したい。その標識される指標となるのが細胞表面の蛋白質であった。
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