「ろうそくの光の中でご本尊を見ながら木魚をたたいてお念仏を唱える。近年、仏教色、宗教色を出さないようにしたイベントが増えてきていますが、僕はそうではなく、阿弥陀さまへの信仰という仏教が大事にしてきたものをどうリバイバルさせるか、ということをやりたかったし、地域の人々にとっても本当にその感覚が必要なのかということを考える場にもしたかった。
最終日の夜、すべての行事が終わったあとで、スタッフの大学生たちが『最後にお念仏をやりたい』と言い出したんですよね。本堂の中ですべてを捨てて阿弥陀さまと向き合う。そういう雰囲気のなかでお念仏を味わっていくと『自分のまま生きていていいんだな』と自然と思うのです。絶対的な自己肯定観です。このような感覚をもてると、日々しんどいけれど、前を向いて歩いていこうと思えてくる。これは、本来われわれが普通に感じられるはずですが、現代社会では感じられなくなっているのでもう一度お寺の中で感じてもらう、という狙いでした。大学生の彼らは、それを体感したわけです」
仏教のメッセージはとてもシンプル
池口さんのポイントは、「イベントをして若い人にお寺に来てもらおう」ということではない。「私はお寺の存続とか、そんなことを考えているわけではないのです。ただ、仏教の本質を“正しく”伝えなければならないと思っている。
仏教のメッセージはシンプルです。色即是空(形のある世界というものはすべてつながりのなかにある)はおまじないのように見えるかもしれませんが、現代の文脈で言うと、同じ空気を吸って60億人が生きているのだから、エゴイスティックな主張は控えて、みんなが共存しようという願いをもって生きていかないといけないということです。だから、色即是空ということから、環境問題、教育問題や家庭の問題、戦争の問題など多くの問題を解決しようという意欲が生まれてくるのです。そういうことをわかりやすく伝えていきたいと思っています」
池口さんによる『般若心経』現代ロックバージョンも気づきのヒントになるかもしれない。最近はお坊さんブームということもあり、またITの浸透によって仏教界からのメッセージの発信の方法や内容も多岐にわたる。僧侶たちは手を変え品を変え、われわれに救いの道への気づきを「これですよ!」と示してくれている。
「『会いに来てくれるお坊さん・YGS(遊行僧)48』を作ってもいいかなと結構まじめに思っています。鎌倉新仏教とは、鎌倉時代におこった浄土宗・浄土真宗・時宗・臨済宗・曹洞宗・日蓮宗を包含する呼称で、比叡山で修行したお坊さんたちが町に降りてきて、市井の人々に説法をしました。さらにさかのぼれば、お釈迦様もさとりを開いてから涅槃に入るまでの後半生を遊行して過ごしています。現代にもニーズがあればお坊さんが出かけていって、法事だけでなく、お話をしてもいいし、歌って踊ってもいい。経典の本質は守るべきですが、伝え方は大胆かつポップにしてもいいと思います」
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