給料はなぜ上がらない−−6つの仮説を読み解く【下】

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給料はなぜ上がらない−−6つの仮説を読み解く【下】

グローバル化に次いで広く流布しているのが、第3の仮説、IT(情報技術)やアウトソーシングの普及など「生産性革命」による賃金の低下だ。ただ、直感的にわかりやすいこの仮説も、実は結論の異なるさまざまな解釈がある。順を追って見てみよう。

理論的に賃金上昇の「元手」になるのは労働生産性という指標だ。1人の労働者が一定時間に産出するアウトプットが従来より10%増えたなら、労働生産性は10%アップだ。そして、この期間に物価が3%上がったなら、実質賃金上昇率は7%(10%−3%)の範囲内で決めようという考え方が一般的だ。これを生産性基準原理という。

90年代以降、IT投資により労働生産性が大幅に高まったのは事実だ。だが、ITは技術の陳腐化が速く、新しい技術についていけない労働者が出てくる。「本来なら企業はこうした労働者の賃金を下げ、それが不満な労働者は職を変える。しかし、日本のように正社員の解雇が行いにくい労働市場では、それができないため労働者は居座り続ける代わりに賃金は抑制される」(三菱UFJ証券の福田圭亮エコノミスト)。一方で労働分配率の分母となる付加価値は労働生産性向上で増えるから、労働分配率は下がるというわけだ。

また、IT化などの大型投資が行われた場合、一時的に労働分配率が低下することもありうる。実現された労働生産性の上昇は資本投下があってこそだから、投資回収のために資本側への分配が大きくなり、労働者側への分配が減るからだ。

さらに一歩推し進めて、労働のスキルに関係なく、どんな労働者でも労働生産性が上がるIT投資があるなら、その生産性向上分は労働者に還元しなくていい、との考え方もできる。つまり、ここでの生産性の上昇はIT投資自体の寄与がすべてなので、資本側の取り分がほとんどになるという解釈だ。

一方、欧米では、ITやアウトソーシングなどの生産性革命が労働分配率の増加につながるという研究結果もある。

技術革新などの変化がスキルの高い熟練労働者にとって有利なものであれば、その変化は非熟練労働者の需要を減少させながら(節約と言い換えることができる)、生産力の高まった熟練労働者の相対賃金と雇用を高めることになる。それは一国全体では、労働分配率を上昇させる。この仮説は、教育による労働者のスキル向上が産業の高度化とうまくマッチすれば、賃金水準は高まることを示している。

資源価格高騰の影響という四つ目の仮説は最近、精緻な分析が進んでいる分野だ。従来の労働分配率の議論では、実質GDPがベースとなっていた。しかし、実質GDPは数量ベースの考え方であり、石油や原材料など輸入価格の高騰による交易条件の悪化は織り込まれていない。

この交易条件の悪化による海外への所得流出を織り込むと、景気の実態は実は実質GDPの数値より悪い。分析を行ったみずほ総合研究所の泰松真也シニアエコノミストによると、「04年から07年秋にかけて、実質GDPは33・1兆円増えたが、交易条件の悪化でおよそ半分の15・3兆円の所得が海外に流出した。これほどの交易利得の悪化は第2次石油ショック以来のことだ」。


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