給料はなぜ上がらない−−6つの仮説を読み解く【下】

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 これには大企業批判の側面もある。連合が昨年9月に行った調査によると、原材料費が高騰した過去5年で、生産品の単価が下がったと答えた中小企業は電機、自動車の下請けがともに5割超と突出した。しかも、大企業など取引先の要請に近い水準で単価を引き下げた中小企業は自動車で28%、電機で22%に及ぶ。

ここからうかがえるのは、原材料価格の上昇を中小企業に負担させ、大企業が利益を吸い上げる構図だ。そして、利益が集中する大企業では労働分配率はとても低い水準に押さえ込まれているから、全体として賃金は上がらない構造である。

さてここまで読み進めて、「賃金減少」という言葉にピンとこない読者もいたことだろう。あなたが大企業の正社員ならその直感は正しい。
 
 02年の「トヨタショック」以降、大企業でベアゼロの嵐が吹き荒れた。しかし、こうした大企業の正社員賃金が日本の労働分配率低下を主導したかといえば、答えはノーだ。彼らは定期昇給で毎年給与は上がったし、「好業績はボーナスで報いる」との企業方針から業績好調企業はボーナスの満額回答も得てきた。

実際の賃金減少、労働分配率低下の波及経路は別にある。その痛みを現実に引き受けたのは、00年前後から急増した非正規労働者たちである。最後となる六つ目の仮説は、この非正規労働者が主役だ。

自由主義を代表する経済学者で76年にノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンは「労働組合不要論」を展開したことでも有名だ。その骨子は「労組が組合員に対して獲得する賃上げは、主として労組の外にいる他の労働者の犠牲においてである」。「組合員」を正社員に、「他の労働者」を非正規労働者に読み替えれば、これは昨今の日本の労働市場にそっくり当てはまる。

今回の景気拡大期の最大の特徴は、企業が既存の正社員の雇用と賃金水準を守りつつ、新たな正社員採用の代わりに低賃金の非正規労働者を一方的に増やしたことだ。00年からの7年間で、正社員は約190万人減り、パートや派遣など非正規労働者は約450万人増えた。

この間、非正規労働者の全体に占める割合は26%から33%台に拡大、これら労働者のほとんどは年収300万円以下だ。つまり、日本の賃金減少、労働分配率低下というのは、低賃金の非正規労働者の構成比が増えたことと同義なのだ。

こう考えると、個人消費活性化のために賃上げするなら、正社員より非正規労働者を優先するのが正論だとわかる。企業経営者は「将来不安が強い中、賃金を上げても貯蓄に回る」と主張するが、年収300万円以下の賃金底上げは確実に消費に寄与する。それで景気が活性化すれば、正社員にとってもプラスだ。

今回の景気拡大局面を最も読み違えたのは日本銀行だろう。06年3月に量的緩和政策を解除したのは、景気回復で企業が賃金を上げると見込んだからだ。しかし、企業はその後も労務費を下げて製品価格を値下げするというデフレ型行動原理を繰り返した。その際に最大の役割を演じたのが、労働市場の規制緩和を受けた非正規労働者の活用だ。今や景気後退に転じつつある日本。非正規労働者に依存しすぎて、デフレ脱却のチャンスを逃したといえるだろう。

(週刊東洋経済)

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