NECの携帯電話に異変! ドロ沼からの脱出劇
空中分解寸前まで追い込まれたNECの携帯事業。戦線立て直しは、外部から招いた“外科医”の手に委ねられた。06年夏、ソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズのデザイン部門出身の佐藤敏明氏を、新設したクリエイティブスタジオにチーフクリエイティブディレクターとして迎え入れたのである。
佐藤氏が招聘に応じたのは、直前にNECから端末の色展開についてアドバイスを求められたのがきっかけだった。NECが準備したのは白、黒、水色の3色。佐藤氏はそこにトマト色を加え、アクティブな消費者層への訴求も提案した。が、返ってきたのは想定外の拒否反応。「4色は無理。ドコモとは3色で話が決まっている」。このとき、悟った。「ドコモから言われたモノを作る。それが電電公社時代から脈々と続いている」と。こちらから消費者に提案し、市場を作りにいく発想が存在しなかった。ソニエリ時代は色追加の提案など日常茶飯事。結局今回もドコモは4色すべて採用した。NECに入って役に立てることがありそうだ--。そう佐藤氏は確信した。
技術者の口から出た「エモーション」という言葉
玉川事業所(川崎市)の高層階に構えるクリエイティブスタジオ。ここでは、NECの定番レイアウトである職階順の「雛壇座席」ではなく、卍型に仕切られた席をスタッフが自由に選ぶ。これを手始めに、佐藤氏は“脱NEC流”に着手した。
まずデザイン。NEC端末の特徴だった丸みのあるボディデザイン「アークライン」を、直近機種のN904iではスクエア状に一新。薄型端末では、薄さだけでなくボディのつなぎ目一筋も見えない美しさを開発・生産現場に求めた。美観より技術優先というNEC流へのアンチテーゼ。「ハレーション? もちろんあった。でも今までにない価値観を持ち込まなくては意味がない」と佐藤氏。
意外にも、この脱NEC流に真っ先に呼応したのが、同時に新設されたイノベーションオフィスの技術陣だった。「現場の技術者が『エモーション(感情)』と言い始めた」(西大和男・プロダクト開発事業本部副事業本部長)。通信速度や省電力性能といった数値化できる要素で開発の成否を測ってきた彼らが、ユーザー心理に基準を置き始めたのだ。
たとえば文字フォント。06年秋冬モデルで従来の4倍の高精度を誇るVGA液晶を採用したところ、文字のカーブのギザギザまでもが鮮明になってしまった。その問題を、開発部隊は次の機種に合わせて1カ月で修正した。従来なら、VGAは技術的に高度という一点で押し切っていたはずだ。仮に手を加えたとしても、短期間での処理に伴う技術的リスクの高さを嫌って、1年掛かりを当然としていたことだろう。西大副本部長は言う。「しかし今は、ユーザーの不満が聞こえたのだから変えよう、そんな文化が芽生えた」。
もう技術だけでは勝てない。閉塞感の中、立ちすくんでいた元王者は佐藤氏が吹き込んだ変化への風を受け入れた。その結果、今までは半年に1回しか見直さなかったソフトなどの仕様を、随時変更する体制に切り替わった。自然と開発ペースは上がり、2機種が4機種に倍増できたワケもここにある。生産現場でも、共通部品の採用と資材調達の一元化が進行。埼玉工場では、全長180メートルあった1本ラインが20本に分断され、多品種少量生産への対応力ができつつある。