2016年、円高に転じるリスクは低下している 金融緩和継続の姿勢を示した日銀の補完措置

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中央銀行による株式購入について評価はさまざまだが、脱デフレ・マクロ安定化政策の手段として肯定されうるという見解が多い。ただ「設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業」がETF購入を通じて選別されるかという実務上の問題に加えて、個別企業に対する選別する領域に中央銀行が関与するデメリットは小さくないのではないか。脱デフレの後押しと成長率を高めるために、これまでの政策枠組みを粘り強く続けることが必要だと思われる。

こうした問題点を除いて考えると、日銀による補完措置に対する筆者の評価が妥当なら、日銀の政策転換を理由に2016年に円高に転じるリスク可能性が低下した、と推論できる。

2016年にドル円に対する市場の見通しは、円高派と円安派に分かれている。3年続いた円安ももう続かないという経験則が、円高予想の理由になっている側面もあるだろう。ただ、2016年にはFRBが緩やかながらも継続的な利上げを目指し、一方で日銀が国債購入など金融緩和を継続する政策の方向性の違いを踏まえれば、当面円高に向かう可能性は低いだろう。当社では2016年央までは、120-125円のレンジで推移するとみている。

経常収支がドル円に与える影響はほとんどない

日銀の政策スタンス変更はドル円のトレンドを変える重要な要因だが、2016年の円高シナリオを唱える見解の中には、筆者には説得力に乏しい議論が散見される。一つは、貿易赤字縮小(あるいは経常収支黒字拡大)が円高をもたらすという説である。

ただ実際に、貿易収支の変化→ドル円の変化という因果関係が作用し、資本移動が活発な先進国通貨であるドル円は動くのだろうか。2005年以降は経常収支黒字が拡大する中で円安が続いたし、2011年の東日本大震災で貿易赤字に転じた後も超円高が続いた。これらを踏まえれば、経常収支などの変化がドル円に影響した形跡はほぼないし、また貿易収支がラグを伴って為替レートに影響するメカニズムは納得しがたい。1990年代に貿易収支が日米で政治問題化しドル円相場を左右したが、経済的なロジックが働いたというよりも、当時は経済現象を超越した政治要因が市場参加者の期待を決定したということだろう。

過去10年余りの例を挙げると、2006年の日銀の利上げ開始以降円安に歯止めがかかり、2012年末以降の日銀の政策大転換への期待で超円高修正が始まった。つまり、ドル円の方向には、経常収支の動きはほとんど関係なく、日米の金融政策スタンスがより大きく影響する。2013年の日銀の金融政策の大転換が、超円高修正や脱デフレの始まりと冷静に認識できない論者は、古典的な説明変数である貿易収支などの変化によってドル円相場のすう勢を論じていると筆者は考えている。

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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