「とにかく急いでお金を稼ぐ必要があったの」――。ブラジル最大の商業都市、サンパウロ。薛娟麗さんは、地球の裏側の中国からはるばるここまでやって来た動機をそう語った。
薛さんが働く眼鏡店は、サンパウロの華僑社会で「25街(25・デ・マルソ=3月25日通り)」と呼ばれる南アメリカ最大級の問屋街の一角にある。彼女の後ろのショーケースには、有名ブランドの眼鏡の“模倣品”が山積みになっていた。
2025年にブラジルに渡るまで、薛さんは故郷で滷味(ルーウェイ、中国の伝統的な煮込み料理)の屋台を営んでいた。彼女には小学生の1人息子がいるが、夫ががんを患って働けなくなり、1人で懸命に家計を支えた。しかし地元の街には不況風が吹き、屋台の経営は苦しくなる一方だった。
追い詰められた薛さんは、夫と息子を中国に残し、親戚のつてをたどってサンパウロに向かった。
「着いた直後は興奮状態で、いますぐ大金が手に入る気がしたわ」と、彼女は苦笑いしながら振り返る。
店主の服装が地味な理由
25街の商業ビルには、安価な中国製品を取り扱う間口2~3メートルの小店舗が無数にひしめいている。それらを経営する中国人の店主はみな地味な服装をしているが、実際には数千万元(1元=約22円)を持つ資産家が珍しくない。
金持ちになるチャンスの裏にはリスクもある。サンパウロの治安は悪く、店主たちは窃盗や強盗、恨みによる殺人などの危険に常に警戒しなければならない。
現地当局に(模倣品の販売や関税逃れなどを指摘されて)商品をごっそり没収されたり、解雇した従業員から仕返しの放火などをされたりすることもある。その結果、一夜にして無一文になった店主も、ここにはたくさんいるのだ。



















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