非常時に対応し切れなかった歯科医による身元確認、生かされない教訓--震災が突きつけた、日本の課題《5》/吉田典史・ジャーナリスト
「この冊子を読むと、宮城県の歯科医師会としてできなかった事があまり書かれていない。適切に対応できたと考えているならば、今回の経験が次に生かされない可能性がある。同じようなことが繰り返されることも考えられうる」
日本歯科大学教授で、日本法歯科医学会理事を務める都築民幸氏は静かな口調で語る。手元には、数百ページに及ぶ冊子『東日本大震災報告書-東日本大震災への対応と提言ー』がある。
震災の経験が生かされていない?
この冊子は、宮城県の歯科医師会が今年3月に発行したものだ。昨年3月の震災発生以降、会に所属する歯科医師らの取り組みを紹介している。
災害医療に精通している都築氏は、その内容に思うところがあるようだ。震災発生直後、警察庁の依頼で、同じ研究室に所属する講師の岩原香織氏らとともに、宮城県の遺体安置所で多くの遺体の歯科所見採取を行った。
■日本歯科大学教授の都築民幸氏
遺体安置所では、まずは警察が遺体を洗ったり、写真を撮ったりする。そして身元を確認する。その際には、事件に巻き込まれていないかなども確かめる。その後、医師が死因を判定し、検案書を書く。
都築氏ら歯科医師は、身元がわからない遺体があると、作業を始める。泥を取ったうえで、顔の撮影をする。次に口を開けて、口腔内の清掃をする。泥が詰まっていたり、虫がいた場合もあった。ペーパータオルを指に巻き、それらを取り除く。
その後、正面や上下の噛み合わせの面などを撮影する。そして、歯科所見採取を行う。歯の治療痕などを見て、手で触り、確認し、デンタルチャート(死後記録)に記録する。