軽減税率導入は消費増税再先送りの引き金か 税制を政権維持の玩具にしてはならない

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相続税の増税は、一般国民には受けがよいかもしれないが、ただでさえ、消費税の軽減税率導入で事務負担を強いることになる中小企業の事業主に、相続税の増税までも受け入れよといえば、自民党の支持基盤に大きな打撃を与えかねない。法人税を増税することで残りの財源を工面するのは、そもそもグローバル化への対応や成長戦略の一環として、法人実効税率を引き下げている局面だから、言語道断である。

そうなると、残された有力な財源は所得税となる。所得税といっても、全員が押しなべて増税とはならないようにできる。低所得者には減税、高所得者には増税という形で所得税制を改める方法はある。要するに、所得控除を見直して税額控除に変えることで、それが実行可能である。詳細は、「所得税改革は、『配偶者控除』だけではない 『103万円論議』の先にある大切なこと」を参照されたい。

納税事務の準備遅れは恰好の口実

とはいえ、言うは易し行うは難し。所得税によって財源を工面するとしても、誰が減税になったり増税になったりするかという議論だけで、大騒動になろう。2016年7月には参議院選挙が控えているだけに、与党はこの財源の議論を選挙前に避け続けるだろう(それがよいとは思えないが)。

避け続けるといえば、消費税の増税そのものも、政権は避け続けるかもしれない。今般の軽減税率導入論議は、2017年4月の消費税増税を再先送りする引き金を2つも作ってしまった。

1つは、軽減税率導入に合わせた事業者側の納税事務の準備が遅れることで、2017年4月までに間に合わない見通しが2016年央に出てくる可能性である。その場合、準備遅れを理由に、政権は消費税率引上げの再先送りを決定するかもしれない。2017年4月の消費税率引上げについては、景況の悪化を理由に先送りするという景気条項は設けられていない。だから、景況を理由に再先送りできない、というのが建前だ。しかし、納税事務の準備が間に合わないとなれば、それは政権側の責任ではない形で、消費増税の再先送りの格好の口実にされかねない。

もう1つは、軽減税率の穴埋め財源を確保するメドが立たない場合である。前述のように、事実上2016年末までに安定的な恒久財源を確保することとされている。しかし、安定的な恒久財源を確保するメドが立たないことを理由に、政権は軽減税率の導入を伴う消費税率引き上げそのものを再先送りするかもしれない。

何はともあれ、消費税の軽減税率の対象品目の決定だけでも迷走し、おまけにその穴埋め財源でも迷走し、税制改革を朝令暮改しては、国民の税制への信頼を揺るがしかねない。税制を政権維持の玩具にしてはならない。これらが、単なる杞憂となることを願う。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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