哲也さんの勢いはとまらない。鉄道博物館を閉館時間まで堪能した後、当時それぞれが住んでいたJR中央線沿線にまで戻り、吉祥寺の飲み屋に早苗さんを連れて行った。しかし、哲也さんは嬉しくなると飲み過ぎて泥酔するという「ダメ人間」ぶりをいかんなく発揮してしまう。
「終電を逃して彼女にタクシーで自宅まで送ってもらいました。醜態をさらしてしまいましたが、彼女にはすごくグッと来ましたね。こんなダメなオレを見捨てない優しい女性なんだ、と確信しました」
酔ったふりして迫ってくるのではなく、楽しく飲んで本当にグデングデンになってしまった哲也さんに好意と憐憫を覚えたのか、早苗さんは2回目のデートもOKしてくれた。水族館の中で哲也さんは早苗さんの手を握り、「友だちなんかじゃない」アピールを済ませる。そして、3回目のデートで告白して承諾を得たという。
最初の勢いはどこへやら……
当時、哲也さんは31歳。まだ若いとはいえ、後に「晩婚さん」の道を歩む男性にしては早いテンポの恋愛である。
「付き合い始めた頃は、当時勤務していたアニメ制作会社での立場が割と楽で、気持ちに余裕があったのだと思います。月に6日は休めましたし、夜も21時過ぎには帰ることができました。その後、ポジションが上がり、仕事にすべてを捧げる日々が始まるんですけれど……」
恋愛や結婚への意欲が仕事の状況に左右されるというのは、哲也さんだけではないだろう。しっかりと働き実力をつけてきた人は、30代半ばになると組織内での立場が急に重くなったりする。すると、入社直後のように「プライベートには一切構っていられない」状況に陥りかねない。その状況に甘んじているとあっという間に四十路を迎える。
担当部門のリーダーに抜擢された哲也さんは、部下や外注先の作業をチェック・修正・教育しながら自らの作業も遂行するようになった。毎日12時間以上働き、休みは週に半日のみという毎日。締め切り前は徹夜続きも当たり前だった。
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