手取り20万なのに奨学金の返済が「毎月4.4万円」もあった…奨学金600万円・38歳彼女の返済の実情

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「中学時代から勉強が得意で進学校に進んだのですが、“家にお金がまったくない”という現実に直面しました。高校3年生のときには、靴下を買うお金すらなかったことを今でも覚えています」

さらに不運が重なり、同居していた祖母ががんと糖尿病を患い、両親は介護に追われることになった。向井家は経済的にも時間的にも、余裕がまったくない。

それでも、向井さんは大学に進学して語学を学びたいという思いがあった。

「高校2年のとき、あるプログラムで東南アジアにホームステイし、現地の学校などを回って勉強する経験をしました。そのとき、“世界にはまったく通じない言語があるんだ”と衝撃を受け、とても悔しくなりました。その言語を少しでもわかるようになりたいと思い、“どこで勉強できるんだろう”と調べたところ、東京外国語大学の存在を知ったんです」

そこで同校を第1志望にしたが、現役では合格できず、1年間浪人することになった。幸運なことに、進学校に通っていたこともあり、ある予備校から「宣伝になるから」と、通常30万〜50万円かかるところを10万円という破格の条件で通わせてもらえることになった。

大学入学時に第二種奨学金(有利子)を借りることに

そして、1年後、念願かなって東京外国語大学に合格。当時の学費は年間54万円。両親からは「学費は出すが、生活費は支援できない」と言われたため、日本学生支援機構(JASSO)から第二種奨学金(有利子)で月10万円を借りることにした。

「入学当初、第一種奨学金(無利子)を借りることはできなかったんです。高校時代の成績は決して悪くなかったのですが、周囲のレベルが高すぎて、相対的に評定が基準を満たさなかったのでしょう。そこで、生活費はすべて奨学金で賄う代わりに、学費は両親が農協の教育ローンを組んで支払ってくれることになりました」

また、当時の大学には経済的困難者向けの学費半額免除制度があり、2年生以降はその制度を利用して学費を半額に抑えていた。

「ところが、在学中に実家の店を閉めることになってしまいました。そして、4歳下の妹の私立大学への進学が決まり、いよいよ家計は限界を迎えます。そこで、4年生のときに第一種奨学金も追加で借りることになりました。それだけでは足りないので、とある財団の無利子の奨学金も受けました」

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