御徒町に「インド人宝石商」が100軒も集まる理由、世界シェア9割のダイヤ加工国でジャイナ教徒が守り抜く"信用第一のビジネス事情"

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どうして「アメヤ横丁」と呼ばれるようになったのか。それにはふたつの説がある。砂糖が貴重な時代に、甘いあめを売る店が立ち並んでいて人気を博したという話。そしてもうひとつ、日本を占領するためにやってきたアメリカの進駐軍からの放出品がたくさん売られていたからという話。どちらが正解かは定かではないが、アメリカ人たちはまた時計や宝石もこの街に売りに来ていたのだという。そのため宝飾品を扱う業者も集まってくるようになる。

やがて戦後の復興期から高度経済成長期に入ると、宝石のようなぜいたく品の需要も伸びていく。御徒町もジュエリータウンとして発展していく。そんな1960〜70年代から、インド人やイスラエル人の宝石商が御徒町には出入りしていたのではないか、とラジェンドラさんは推測する。

仕入れがやりやすく、商売上手なインド人

「うちのお客さんのインド人に、45年ここで商売している人がいるんです。その人の兄貴という人はもっと昔、50年前から日本でダイヤの取引をしていたそうですが、さらに前の時代からインド人が御徒町にいたと聞いたことがあるそうです」

とりわけインド人は輸入業者、仕入れ業者として御徒町に欠かせない存在として定着していく。インドは宝石の加工で有名だからだ。とくにラジェンドラさんの出身地ラジャスタン州の州都ジャイプルは、世界各地から持ち込まれた原石が加工、研磨され輸出されていく一大拠点として知られている。全世界のダイヤモンドのうち9割がインドで加工されているともいわれる。

ラジェンドラさん
インド人は世界中で宝石ビジネスに関わっているという(写真:筆者撮影)

つまり仕入れがやりやすい。加えてインド人は商売上手だ。

「利は元にあり、ですよ」

かの松下幸之助が好んだという格言をラジェンドラさんは口にする。「商売には仕入れがなにより重要」という意味だ。チャイでも飲みながら、ゆっくり時間をかけて、相手の利益を見定めつつ、仕入れ価格を交渉していくのがインド流だ。

「そこはすごく厳しいよ。嫌われることもある。でも仕事ですよ。いいものを安く仕入れないと」

こうして品質が良くて価格も手頃な宝石の供給者として、インド人は日本でも重宝されるようになる。

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