「3歳年下のシングルマザーの女性と真剣交際になったことがあります。ハキハキとしゃべるし行動力があるように見えたからです。成人した娘がいるので子育てを考えなくていいのも安心材料でした。でも、だんだんと本性が見えたんです。娘がタトゥーを入れているようなヤンキー気質の家庭で、私と付き合ったのも以前の交際相手を見返してやりたいという理由だとわかりました。『あなたは絶対に私と別れないよね』なんて言われて……」
怖い人も粘着質な人も嫌いな修平さんは気持ちが冷めてしまったと振り返る。その女性との真剣交際終了後に紹介されたのが歩美さんだった。
居心地がよすぎる実家で「引きこもり」だった歩美さん
修平さんからの事前メールでは「極度に人馴れしないタイプ」とのことだが、歩美さんと実際に会うとそのようには見えない。むしろ話したいことが多そうな人だと筆者は感じた。ここからは歩美さんの話を聞こう。
「私の実家も静岡県内にあります。大学時代は京都で過ごしましたが、卒業後はずっと実家にいます。父が自営業なので、母と一緒に手伝ってきました。兄家族も近所にいて、奥さんもすごくいい人。みんなでとても仲が良いです」
修平さんとは対照的な家庭で育った歩美さん。京都での学生時代に付き合っていた同級生のことを別れた後もずっと引きずっていたと明かす。「美術の話ができるイケメン」だったという。
「京都にはよくいるそういう男性、私の地元には一人もいません(笑)。私の周りの女友だちも結婚が遅かったので焦ることはありませんでした」
居心地が良すぎる実家での「引きこもり」暮らしを続けてきた歩美さん。変化が訪れたのは30代半ばになってからだ。
「友だちが一人また一人と結婚し始めたんです。そして、一番仲が良かった同級生が42歳のときに結婚してようやく焦りを覚えました」
母親の勧めで結婚相談所に入ったものの、お見合いできたのは「美術の話ができるイケメン」ではないので話は弾まなかった。休会期間を含めると4年の歳月を費やし、歩美さんは「自分が変わらなくちゃいけない」と悟る。
「理想ばかり追っていても結果は出ません。そもそも私は自分のことがあまり好きじゃないことにも気づいたんです。実家の仕事は辞めて、知的障がい者の支援施設でパートとして働くようになりました」


















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