「生活力ない人はお断り」と豪語した49歳発達障害グレー男性の大誤算…実家住みで料理不得意なパート女性と結婚するまで

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「父親は山っ気がある人です。宝石商や魚屋をやっていたのですが、バブル崩壊後に会社が傾いて家族も解散してしまいました。私と弟はほったらかしで育てられ、親と温かい会話を交わした記憶はありません。後からわかったことですが、私には発達障害と自閉症の傾向があります。言わなくていいことも言ってしまい、孤立しがちなんです。中学校までは友だちと呼べる人は一人もいませんでした」

それでも高校時代にはいい友だちが数人でき、大学では初めての彼女もできた。しかし、社会は厳しい。卒業後は「場の空気を読む」ことが求められる日本企業には馴染めなかった。転職回数は10回近くに達するという。

「そんな私ですが名古屋で働いていた30歳の頃に2年弱付き合っていた女性がいます。別れた原因は私の思いやりのなさです。具体的に何が悪かったのかが自分ではわからないのが問題なのですが、別れるときに『あなたと結婚すると思っていたのに』と言われたことは覚えています」

同時期に修平さんは指定難病の潰瘍性大腸炎を発症してしまう。泣きっ面に蜂な状況に助けの手を差し伸べてくれたのは、静岡県に住み続けている母親とその再婚相手だった。

「帰ってくればいいよ、と言ってくれたのは本当にありがたかったです。でも、仕事が続かないのは相変わらず。特に部署異動などで環境が変わると、無理に馴染もうとして疲弊して、ストレスをため込んでしまいます。30代半ばに3年弱付き合った人ともダメになりました」

44歳、友人母が運営する結婚相談所に入会

人間関係が苦手と公言する割にはときどき女性と深く交際している修平さん。寂しい、人恋しい、という気持ちはあるのだ。静岡県内でもやや僻地にある今の勤務先に転職してからはその思いが強まったようだ。

「実家からではさすがに遠いので一人暮らしを再開。コロナ禍だったので友だちにも会いにくくて気が滅入りました」

その頃に、友人の母親が運営している結婚相談所に入会。修平さんは44歳になっていた。

自信がない状態だと他人に求めるものが過大になりやすい。修平さんは経済力も家事能力も自分と同じぐらいあることを結婚の条件とした。そして、目が曇ってしまったようだ。

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