「実は小田急で首位」本厚木駅長が語る駅の一面  "乗換駅以外"では私鉄トップクラスの乗降数

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厚木基地の名称の由来については諸説ある。

同基地のホームページは防衛研究所図書館所蔵の戦中の図書(『航空基地及地名ヲ冠スル航空隊ノ名称附与ニ関スル件』)を挙げ、「『所在地の市町村名または誤解されないような所在地近くの著名な地名をつける』とする原則が記載されています。この原則に基づいて近くの宿場町であった『厚木』という地名を冠して『厚木基地』という名称になった可能性が高いといわれています」と説明している。

では、鉄道駅の厚木と本厚木はどのような関係にあるのか。

新宿方面から見て本厚木駅の1つ手前が厚木駅。相鉄線やJR相模線と乗り換えができる海老名駅とは異なり、本厚木は小田急の単独駅(記者撮影)

「厚木駅」と「本厚木駅」の関係は?

厚木駅と本厚木駅はどちらも1927年4月1日、当時の小田原急行鉄道が新宿―小田原間を開通させた際に誕生した。当初、それぞれ「河原口駅」「相模厚木駅」という名称だった。「厚木駅」はすでに別の鉄道会社によって開業していた。

その経緯については1980年刊行の『小田急五十年史』に詳しい。

同書によると、小田急開業前年の1926年7月、相模川の東岸まで延びてきた神中鉄道(現・相模鉄道)と茅ヶ崎から北上してきた相模鉄道(現・JR相模線)が当時の海老名村河原口でつながることになった。「海老名村長で相模の重役でもあった望月珪治は河原口の駅を両者の共同駅とし、厚木と命名することを厚木町当局に運動した」という。

一方、当時の厚木町助役の中野再五郎は神中の重役でもあった。神中鉄道は横浜と厚木を結ぶ計画だったが、資金難で相模川の架橋が困難視されていた。『小田急五十年史』は「神中としては、鉄橋を架けずに厚木の名を取れるのだからこんなうまい話はないし、厚木町としても、のちに小田急が敷けて町内に駅ができるにせよ、ここで厚木の名を冠した駅をつくっておくのは損にならないと、中野再五郎は考えた」とみている。

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