寂しい思いをさせた娘が教えてくれた…元・自衛隊女性幹部が語る【人生には基地が必要】という実感

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海外派遣から戻ると、机の上に離婚届が置かれていた――そんな話は珍しくありません。長時間労働や出張が続くビジネスの現場でも、「いないこと」に慣れすぎた関係が静かに冷えていく構造は同じです。

けれども、それは冷たい結末ではなく、「想定の不足」かもしれません。完璧に理解し合えなくても、あらかじめ「いない時間」を想定して備えることはできます。

そばにいられないときこそ、支え合える仕組みを基地に装備しておく。それが、本当の思いやりです。

娘が教えてくれた「原点」

自衛隊で防災担当として勤務していた頃、私はまだ小学生にもならない娘にこう伝えていました。

「雨がたくさん降ったら、お母さんは家に帰れないこともあるよ」

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海外派遣のときも、世界地図を見せながら任務の目的を話しました。それでも娘は、不平を言いませんでした。娘がはじめて「寂しかった」と言ったのは、私が退職したあとのことです。

身内に不幸があった1週間後、娘には英語のスピーチの発表会が控えていました。私は「無理しなくてもいいよ」と声をかけましたが、返ってきた言葉に息をのみました。

「お母さん、これとそれは話が別。いままで努力したことを無駄にしたくないの。お母さん、いつも言ってるでしょ?」

彼女は堂々と発表会に臨みました。これは我慢をするというような強さではなく、日頃から、任務などの状況を家族で共有し、お互いを理解し合っていたからこそ、「自分で選んで立つ力」が育っていたのだと気づきました。

その姿に、私が教えてきた「強さ」を、逆に教えられた気がしました。離れていても支え合える信頼関係がそこにあったのです。

人生の基地とは、支え合うなかで育つものです。それは「信じ合える関係」によって機能する拠点です。

有薗 光代 元・陸上自衛隊幹部(三等陸佐退職)

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ありぞの みつよ / Mitsuyo Arizono

1982年大阪生まれ。芸術一家に生まれ、真言密教僧侶の弟2人という家庭で育つ。四天王寺高校卒。高校時代、特攻隊員の遺書に衝撃を受け、「平和を次世代につなぐ」と防衛大学校を目指すが二浪して不合格も諦めきれず、自衛隊の最下級である二等陸士として入隊。上官の靴磨きからキャリアをスタートさせ、エリート幹部の登竜門とされる指揮幕僚課程に一発合格。日本人女性としてはじめて米陸軍工兵学校に家族を帯同して留学し、優秀な留学生に贈られる次席表彰を受賞。国連南スーダンミッションでは軍事部門司令官表彰(上位10%)および日本人初のジェンダー部門ノミネートを受けるなど、異例のスピードで抜擢と出世の機会を得る。東日本大震災、九州北部豪雨災害など合計4回の災害派遣、国連PKOに2回従事。現役の20年間で合計18回の防衛記念章を受賞。令和4年には内閣府国際平和協力本部長(内閣総理大臣)から感謝状を受賞。その原動力は米陸軍工兵学校で学んだ「どんな状況にあっても自ら考え、動き、ミッションを遂行する『セルフスターター精神』」にある。帰国後、制服組トップを補佐する統合幕僚監部に勤務中、夫の闘病を機に早期退職。退職後は、「女性・平和・安全保障(WPS)」をテーマで講演活動 を行うかたわら、築135年の古民家を再生した「門リトリートサロン」を創業 。人が自らの原点と再びつながる"人生の門出"を支援している。

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