人口5000人の島から東大へ。"非進学校"出身の彼女を合格させた「先生たちの執念」

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「自分自身でも東大受験は大きな挑戦だったので、1回は勝負してみたいという思いがありました。親は判定しかわからないので、判定がDとかEなのに『東大を受ける』と言っている私を心配していたと思います。

それでも、先生方に非常に協力的な方が多くて、東大を受けるのを精一杯サポートしてくださったのがうれしかったです。周囲に東大を受ける生徒はいなかったのですが、担任の先生は受験戦略を考えてくれましたし、科目の先生は毎日問題の解説をしてくださったりしました。

どの先生も、最後まで『いける!』という感じで後押ししてくださっていたのが大きかったですね。

国語も3年間ずっと同じ先生に教われて形になりましたし、転勤がある公立高校という環境の中で、先生方と巡り会えたというのが、自分が頑張れた大事な要素だったかなと思っています」

先生の猛烈な応援もあり、臨んだ共通テストは85%程度を記録。

この結果を受けて前期で東京大学の理科2類と後期でもともと志望していた旧帝国大学を選択した高岡さん。しかし残念ながら、どちらもわずかな差で不合格となってしまいました。

先生の強力な後押しも、浪人が決まり“どん底”に

高岡さんに浪人しようと思った理由を尋ねたところ、「浪人せざるを得なかったから」と答えてくれました。

「浪人をする覚悟はできていませんでした。試験に落ちて、浪人すると決まった時はどん底でした」

こうして予備校での浪人を決意した高岡さん。「下宿生活で親元を離れたことが1番変わったこと」といいます。勉強時間やスケジュールなどは高校時代と大きく変わらず、毎日、朝8時半から6時半まで勉強していました。

すると、模試での成績が大きく伸びはじめ、B~A判定で安定するようになります。夏に受けた東大の冠模試もA判定、秋もB判定と、いい判定が返ってきました。

「自分の勉強法自体は変えていません。予備校の授業は学校と違って、テキストに沿って先生が授業する形なので、教科書・参考書を使ってやっていた現役の時よりも、テキストに絞って勉強していました」

こうして共通テスト本番でも90%程度を記録します。

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